「……村の水場は使い物にならない! 俺たちは飲み水にも事欠いている。それに比べてそこのお嬢様は随分と綺麗にしているな。毎日水で体を洗っているのか? 領民が苦しんでるのにいい身分だな」

男性は前に立つライではなく、私を憎々しげに睨んで言う。

我が領民と名乗りながらの暴言に唖然とした。

理由は分からないけれど、私はかなり嫌われてしまっているみたいだ。

言葉が出ない私に、他の男達も冷ややかな視線を向けて来る。その内ひとりが全く友好的ではない口調で言った。

「なあ、あんた水を持ってるんじゃないか?」

その発言をキッカケに、他の男達もギラついた目で叫び始めた。

「そうだ。おい、持ってる水を寄越せよ! お前の家の領民が苦しんでるんだ。何とかしろよ!」

もはや、敬意も何もない。むしろ攻撃対象として見られている。

この状況は、さすがにまずいかも。

予想以上に深刻な事態になってしまい、内心慌てていると、ライの腕が動いて、私を自分の背中に隠すように引っ張った。

それから腰に帯びていた剣を躊躇い無く抜き、男達に突きつける。そして、


「善良な領民に危害を加える気はない。だが、主家に対して無礼を働く者には容赦しない」

ライの凛とした声が響き、辺りはシンと静まり返った。


私もランカ村の男達も、声が出せなくなってしまった。

それくらい、ライの言動には威厳があり、 逆らうことが出来ない何かを感じる。

私より余程領主一族の貫禄がある。

男達も恐れを感じたのか、敵意を消して後ずり始めた。


「退け!」

ライのトドメの一言で、男達はこちらに背中を向け、森の中に向かって逃げて行った。

彼らの気配が完全に消えると、ライはくるりと振り返り心配そうに私を見た。


「大丈夫か? 急に怒鳴られて怖かっただろう?」

「え? ああ、それは大丈夫だけど……」

驚いたけれど、尾を引くほどのダメージはない。
それよりもライの態度の方が衝撃だった。


「どうかしたのか?」

「……ライってやっぱり、フォーセル大公国の貴族なんじゃない? それも公爵か侯爵の上位貴族」

あの威厳は、簡単に身につくものではないように思える。
幼い頃から人を従えて来た者だけが纏う事の出来るもの。

ライは私の問いに目を瞠る。
だけど直ぐに力の抜けたような笑みを浮かべた。

「残念だけどハズレ。俺も親も、公爵でも侯爵でもない」