「くそ!」

男性達の中の若者ふたりが、どこで拾ったのかドロドロに土がこびり付いた大きな石を温泉に投げ入れたのだ。

綺麗だったお湯がたちまち濁っていく。

「ちょっと! やめなさい!」

思わず叫ぶと、石を投げた若者はハッとした様子で私を見た。

「だ、誰だ?」

動揺した声を出す。どうやら今まで私達の存在に気付いてなかったらしい。

「汚れた石を投げるなんて止めて。貴重なお湯が汚れてしまうでしょう?」
「え?……ああ……」

私の非難を込めた言葉に焦ったようだ。若者は手に持っていた石を地面に落とした。

同時に、険しく低い声が聞こえて来た。
声の主は先頭を歩いていた男性だ。

「口出しするな。ここの水は飲めない。使えない水場など閉じてしまった方がいいだろう!」

随分勝手な言い分だ。
私はムッとして顔をしかめる。

「それはあなたが決める事ではないでしょう? それにそのお湯は少しなら飲んでも平気よ」

「地中から湧く温かい水は飲めない。そんな事子供でも知っている事だ」

男性は馬鹿にしたように言う。

「そこの湧き出て来ている綺麗なところなら飲めるわ。大量に飲まなければむしろ身体にいいのよ」

すかさず言い返すと、男性は鋭い目で睨んで来た。けれど次の瞬間、何かに気付いた様な顔をした。

「あんた……見ない顔だと思ったけど、最近来た領主の娘じゃないのか? そうだろ?」

どうやら私の顔は知らないけれど、存在は聞いていたようだ。

となると、領内のもう一つの村の人?
この人達は領民なの?

だけど、私を見る目が領主の家族に対するものではない気がする。
ミント村の人達の好意的な視線とは大違いだ。

だから返事を迷っていると、ライが私の前に進み出て発言した。


「身元不確かな者の問いには答えられない。まずは名を名乗れ。お前達はどこの村の者だ?」

男性はライの態度が不快だったようで、舌打ちをした。
けれど、しぶしぶと言った様子で答えた。

「我々は、ランカ村の住人だ」

「クレッグ子爵領の村だな。ならば村の中に水場があるだろう?」

ライは迷いなく言う。驚いたことに早くもこの辺りの地理と村の情報を頭に入れているようだ。