「故郷はフォーセル大公国だ。親はいない、幼い頃に事故で亡くして、親戚の家で面倒見て貰っていたんだ」

そう言うライの表情には影があり、彼にとって、良くない思い出である事が察せられた。

私は、一瞬にして気まずい思いに陥った。

気になったからと言って、何でも口に出すのは良くないと改めて感じた。

「あの……ごめんね。踏み込んだこと聞いちゃって」

今更だと思いながら言うと、ライは自然な仕草で首を振った。

「いや、使用人の身元が気になるのは当たり前だ」

「使用人って……ライの事はそんな風に思えないわ。期間限定の事だって分かっているし」

「短期でも使用人に変わりはないだろ?」

「私の気持ちの問題。ねえ、それよりフォーセル大公国はミント村とは反対方向よ。道を間違えたにしても随分遠くに来ちゃったわね」

話題を変えようと、わざと呆れた顔をして言う。
ライはちょっと恥ずかしそうにしながら返事をする。

「山の中で追われている内に方向を見失ったんだ」

「ああ……運が無かったわね」

「まあな、けどエリカに会えたのはついていたよ。おかげで仕事にもあり付けたし、ありがとうな」

ライはとても綺麗な笑顔で言う。
思わずドキリとしてしまった私は、それを誤魔化すように早口でたずねた。

「……どういたしまして。ねえ、フォーセル大公国の事について教えて? とても栄えてるって聞いているわ、都は華やかで金銀に溢れているって……本当?」

ライは少し考えてから答える。

「そうだな……確かに都は華やかで栄えているが、国全体で見るとそうでもない。都から少し離れると延々と乾燥地帯が広がっている。そんな風に他国から商人が入り辛い地形だから、発展に限界がある」

「そうなの? 噂はあまりあてにはならないのね」

「時々真実も紛れてるけどな」

「確かに、それはあるわね」

妙に納得して頷く。
噂と言えば、王都の方は大変だろうなとふと思い出した。

レナードの婚約破棄が、私からエミリーに変わった事はもう噂として広まっているはず。

ふたりはきっと居心地の悪い思いをしているんじゃない?

夜会に出ては、好奇の目を向けられて、エミリーは涙ぐんでいるかもしれない。
あの子は精神的に弱いから結構堪えているんだろうな。小さな頃から泣き虫だったし。

ほんのすこしだけ可哀想な気もする。だけど自業自得だ。

侯爵家の子息として苦労知らずだったレナードも、初めての非難の視線を浴び戸惑っているだろう。

自信満々の顔が陰るのを想像すると、スッとする。

だけど気付いた。私だってかなりいろいろ言われているはず。

言葉悪く言えば「寝取られ女」とか。

なんて不名誉なんだろう。