「エリカ、騙すような事をして悪かった。俺の本当の名前は、グラウディウス・ライ・ド・フォーセル。前フォーセル大公の子として生まれたが、伯父が大公位を継いだ時に城を出て、母の生家で暮らしていた。三年前に水路の勉強をするためにサウラン辺境伯領に留学して、そこからはほぼエリカに話した通りだ。トラブルが起きてサウランを逃げ出した」

「……」

オリバー様の事を聞いた時以上の衝撃に私は何も言えなくなった。

だって、ライが前大公閣下の子供?
つまりは公子様と言うこと?

そんな、まさか……。

「エリカ、大丈夫か?」

息をするのも忘れる程驚く私にライが心配そうに眉をひそめる。

「ごめん、驚かせたよな」

ライはそう言いながら優しく私の背を撫でる。

しばらくそうしていたけれど、はっと我に返り、私はライの側から飛びのいた。

「エリカ?」

「どうして、言ってくれなかったの?……私ぜんぜん気付かなかった。時々貴族なのかと感じる時はあったけど、まさか大公家の人だったなんて」

私のライに対する態度は不敬罪にも価する。
いつでも気安く接して、それどころかライの事を好きになってしまって……今更大公家の……違う世界の人だったなんて言われてもどうすればいいのか分からない。

じわりと涙が沸いて来る。

嘘を吐かれていた事が悲しいのもあるけれど、それ以上にもう今までのようにはいられない現実が辛くて、人前だと言うのに我慢が出来なかった。

ぽろぽろと涙を零す私に、ライはいつになく動揺した様子で、それでも私のもとにやって来て、背中に腕を回して抱き寄せて来た。

「ごめん、傷つけるつもりは無かったんだ。でも言い出せなかった」

「……どうして?」

「本当のことを話したら距離を置かれると思ったから。なかなか決心がつかなかった」

優しい声をかけられぎゅっと抱きしめられるとこんな時なのに、安心してしまう。
だけど、私は腕をつっぱってライと距離を置いた。

「距離を置くしかないよね?……だってライは……いいえグラウディウス様とは本来なら顔を合わせる事も出来ない程身分が違うもの」

もうライと呼んでいいかもわからない。
ミドルネームを呼べるのは親しい人だけだから。

私の言葉にライは傷ついた様に顔を歪めて呟いた。

「そんな呼び方するなよ……」

気まずい沈黙が訪れしばらくすると、空気を換えるようにカミラさんが軽い口調で割り込んで来た。