「エリカ、暴れても無駄だよ」

「む、無駄って……」

この余裕はなんなの?

「エリカは僕の精霊の力を忘れたのかな? まあ実際に見せた事はないから仕方ないか」

クスクスと笑って言われる。

レナードの精霊の加護の力?

アクロイド侯爵家は代々風の力を持つ者が生まれることが多い。
彼もその例に漏れず、風に関する力を持っていたはず。使っている所は見た事がなかったから、大した力ではないと思っていた。

だけど、レナードの家は侯爵家。
力が弱いはずはなかったのだ。

今、どうやって私の抵抗を押さえつけているのか分からないけれど、確実に言える事は大ピンチだと言うこと。
力任せの脱出は無理。

「レ、レナード殿、落ち着いてください。とにかく一度手を離して、冷静に話し合いましょう」

強行突破は諦め、下手に出て訴えるも、レナードにあっさり拒否されてしまう。

「その手には乗らないよ。離したらエリカは逃げるだろう?」

「いえ、そんな事は……」

あるけど、うんなんて言うわけがない。

「教えておいてあげるけど、扉にも仕掛けをしておいたからね、出られないよ」

「し、仕掛け?」

青ざめる私に対してレナードは楽しそう。
右手で私の頰に触れて来たものだから、思わずビクリと震えてしまう。

「そんなに怯えないで、良い事を教えてあげるから。本当はエリカを望むつもりはなかったんだ。ここに来たのはこのミント村の利益が目的だった」

どこが良い事?
むしろ状況悪化しているじゃない。

「ど、どうして目的が変わったのですか? なぜこんな事を?」

「それは君が変わったからだよ」

「変わった……?」

「そうだ。久しぶりに君を見て本当に驚いたよ。まるで別人だ。信じられないくらい美しくなったよ……いったい、何が有ったんだ?」

何って、温泉に入っていただけだけど。

それよりやたらと触れて来るのは辞めて欲しい。それからうっとりした感じに目を細めて見つめて来るのも。

「今の君なら愛せるよ」

今のって、昔は愛せなかったってこと?
いや、それよりレナードの愛なんて必要ないから!

レナードはますます顔を寄せて来る。
私は必死に顔を背けながら、なんとか逃げ出す方法を探すけれど、突然の貞操の危機に頭が上手く回らない。

と、その時、扉を叩く音が聞こえて来た。

「お嬢様?」

ラナの声だ!


心配して様子を見に来てくれたんだ。
なんて、良いタイミングなのだろう。

ホッとしながら声を上げる。

「ラナ、入って!」

直ぐにガチャガチャとノブを回す音が聞こえて来た。だけど、扉は開かない。

「エリカ、扉は開かないと言っただろう?」

レナードが面白そうに言う。
その得意気な顔にイライラする余裕もなく、恐怖が込み上げて来た。

私、本当にこのままレナードの好きにされてしまうの?

もう駄目かも。弱気になったその時、それまでより強いノックの音が部屋に響いた。

「お嬢様! 何かありましたか?」

私は大きく目を見開く。
この声は、ライだ。
そう理解した瞬間、夢中で大声をあげていた。

「ライ、助けて!」

悲鳴のような叫びに、レナードが動揺する。
同時に閉ざされたはずの扉が、派手な音を立ててこじ開けられた。