「あ、あの、レナード様。このような時間にどうなさいました?」

応対に出たラナが戸惑っている。

そうなるのも、当然だ。
いくら妹の婚約者で、次期当主だと言っても、女性の部屋に押しかけていい時間ではない。

しかも、私達の精神的な距離は、他人より余程遠いって言うのに。

「そこを退いて部屋に入れてくれないか? エリカと話し合う事がある。ああ、君はもう下がっていい。お茶も不要だ」

「え? あ、あの……お嬢様はもうお休みです。申し訳ございませんが、お話は明日にして頂けませんか?」

私の部屋は領主館の中では良いところだけれど、王都の館程の広さはない。
だから入り口でのやり取りが嫌でも聴こえて来てしまう。

「緊急の要件だ。寝ているのなら起こしてくれ」

「で、ですがお嬢様はお加減が悪そうでしたので起こす訳には……」

「それは君が判断することではない。いいから起こして来なさい」

非常識な相手でも、クレッグ家の次期当主。
ラナも強引に追い返せず、困っている。
だけど、私がレナードを嫌っていることを良く知っているから、何とか部屋への侵入は阻止しようとしてくれていて、膠着状態が続いている。

このままでは、レナードが切れるのは時間の問題。

仕方ないと私はのんびりと腰掛けていたソファーから立ち上がり、扉に向かった。

「ラナ、ここはいいわ。中にいて」

声をかけると、ラナはほっとしたようだった。

部屋の中に下がる姿を横目で見ながら私はレナードに向き合った。

「レナード殿、何か緊急の要件でしょうか?」

言葉は丁寧にしつつも、非難の眼差しを向ける。
するとレナードは、少しも悪いなんて思っていないような、強気の表情を浮かべて声を潜めた。

「エリカに内密の話があるんだ」

「話なら明日の日中にしてもらえませんか?」

「昼だと邪魔が入る」

「邪魔って、コンラードとライの事ですか? 彼らはこのらミント村で重要な役割を担っているので、些細な事でも情報共有をしています」

「まあ、それについても言いたいことはあるが、それより今相談したいことはエミリーの事なんだ。家族の個人的なことだから使用人には聞かせたくない」

「エミリーのこと?……あの子に何か有ったのですか?」


それまで全く取り合うつもりのなかったレナードの話だったけれど、エミリーの事と言われたら気になってしまう。

あんな事が有ったとはいえ、実の妹だ。

何か問題が起きたら、お父様と私にも影響する可能性があるし、知らん顔は出来ない。

レナードは更に声を潜め、耳打ちしてきた。

「実はエミリーが不貞を働いた」

「えっ⁈」

嘘でしょう?

予想もしなかった事態に、言葉も出てこない。