神様は信じている。というか、すがっているのは確かだ。だけど、その姿が見えるなんてことはあり得ないし、そんなことを言っている人はテレビの中でしか出会ったことがない。

さっきから隣のお客さんがそんなようなことを口にしていたのは聞こえていた。けれど、聞き間違いであってほしいとどこかで願っている自分がいたのだ。


だって、神様って、意味が分からない。


「なんで松之助の話は聞くのよお」


隣のお客さんはそう言って、ぐいっとビールを煽る。

ジョッキを片手で持つ美人という、なんともミスマッチな光景をただただ眺めていると、お客さんはそのままゴクゴクと音を立てて一気にそれを飲み干した。


「いや、ヤバい人かなって思って……」


半信半疑のまま言葉を返せば、プハッとジョッキから口を離し、お客さんは頬杖をつく。


「失礼ねえ。こうして私の姿を見られるのは、選ばれた人間だけだっていうのに」


この人は本当に神様なのだろうか。神様ってこんなに簡単に出会えて、話せるものなのだろうか。


「その〝選ばれた〟っていうのが全然分からないんですけど。私、別にそこまで信仰深いわけじゃないですし……」


さっきからお客さんがしきりに言っていた〝信仰心〟に心当たりがなさすぎて、首を傾げる。

今日はそれなりに神様を信じて、すがりに来たわけだけれど、普段から神様のことを考えているなんてことはない。信仰心に度合いがあるとすれば、多分世間一般の人と同じレベルだと思う。


「……再就職したいんでしょ?」


不意に、お客さんがポツリと聞いた。

話に出てくると思っていなかった『再就職』という言葉に、私は目を見開く。


「なんで、それを知って――」

「だからさっき言ったでしょ。私は外宮の祭神、豊受大御神だって」


私が再就職祈願に来たことは、ここで話していないし、家族にだって今日は名古屋で面接があるとしか伝えていない。それを知っている人がいるとしたら、私と葉月と……神様だけだ。

そこでふと思い出す。そういえばさっき、この人は外宮がどうとか言っていた。

私がなにかに気づいたのを、隣のお客さんも松之助さんも感じ取ったのだろう。店の中に流れる空気がふわりと変わる。


つまり、本当にこの人は神様で、外宮の祭神の……。


「と、とようけの……」

「おおみかみ、ね。『トヨさん』って呼んでくれたらいいから」


そう言って、隣のお客さん――トヨさんはふにゃりと笑った。