「……どちら様ですか?」
失礼にならないよう恐る恐る尋ねると、お姉さんはキラキラと目を輝かせて胸を張った。
「よくぞ聞いてくれた。この私こそ、伊勢神宮外宮の祭神(さいじん)、〝豊受大御神〟である」
「……やっぱり疲れてんのかな、私」
この店には今、私と店員さんしかいないんじゃなかったっけ。誰かが引き戸を開けたような気配もなかったし。
そう思いながらゴシゴシと目をこすっても、隣の席のお客さんの姿は消えない。艶やかな黒髪が結い上げてあって、綺麗なうなじに思わず目が行く。
「そ、そなたの信仰心が神々に認められ、こうして我々の姿が目に見えるように――」
「なんでもいいや、目の保養にさせていただこう」
お客さんはまだなにか言っていたけれど、歩き回ってへとへとの私に、難しい話を理解するのは無理だった。話を聞くのは早々に放棄して、ちびりとまたお酒に口をつける。
すると、それまで得意げだったお客さんの表情が、次第に崩れていった。一瞬悲しげに眉を下げたかと思えば、今度はムッとしたように両頬を膨らませる。
どうしたのだろうと見ていれば、突然お客さんは立ち上がり、店員さんにこう嘆いた。
「……ねえちょっと、松之助(まつのすけ)! この子全然私の話聞いてくれないんだけど!」
さっきまでの堅苦しい話し方から一変した口調。綺麗なお姉さんだったはずが、小さな女の子みたいに拗ねている。
そんなお客さんの変わりように驚いていると、店員さんが口を開いた。
「慣れやんしゃべり方するからっちゃう? ていうか普通の人間はそんなもんやろ」
この店員さんは、どうやら松之助さんというらしい。はあ、と呆れたようにため息をついて、私の隣に座るお客さんの前にビールを置いた。ジョッキはキンキンに冷やされているのか、うっすらと結露している。
あれ、なんだ。松之助さんにもこのお客さんが見えているのか。
その事実に少し安心して胸を撫で下ろした。しかし、それも束の間のこと。
「あのな、そこにおんの、神様やで」
「へ?」
松之助さんの言ったことが即座に理解できなくて、思わず変な声が出た。