今日初めて会ったというのに、こうして緊張せずに話せるから不思議だ。松之助さんの奥底にある優しさとか、神様をも受け入れる寛容さとかがにじみ出ているからかもしれない。

前の職場にも、こういう先輩がひとりいてくれたら、また違っただろうか。

ふとそんなことを考えて、やめよう、と頭を振った。その代わりに、これからこの人の下で働けることを嬉しく思った。

松之助さんは私のツッコミがツボだったのか、ひとしきり笑ったあと、ふうと息を吐きながら「まあ〝見える〟っていうのはいいことばっかじゃないってことや」となにやら意味深な言い方をした。

多分、あんまり触れないほうがいい話題だったのだろう。なんとなくその空気を察して、私は別の話に変えることにした。


「あの、そういえばなんですけど」

「ん?」

「お給料って、どのくらいいただけるんですか?」


怒涛の勢いで話が進んでいったため、仕事についての詳細を聞いていなかった。私がそれを口にすると、松之助さんもそのことに気づいたようで、ポンと手を叩く。

それから少し苦い顔をしながら「最初は見習いってことで、ごめんやけど月十七万くらいでどう?」と首を傾げた。

額面で月十七万ということは、いろいろ引かれて手取りは十五万ちょっとという感じだろうか。前の会社では手取りが二十万を超えていたから、提示された金額は喜べるような条件ではない。家賃、光熱費、水道代、食費、その他もろもろ含めて大ざっぱに計算してもカツカツだ。


「あの、ここって住居手当とか出ますか?」


ふと思い立って聞いてみると、松之助さんは「住居手当……?」と私が言ったことを繰り返す。


「えっと、この店で働かせてもらうってなったら、今住んでるところから通うのは多分無理なので」

「……ちょっと待って、莉子は今どこに住んどんの」


逆に質問をされて、実家が茨城にあることを告げれば、松之助さんは頭を抱えた。


「なんでそんな遠いとこに住んどんの……」

「いや私からしてみれば、縁もゆかりもない伊勢で仕事が見つかったことのほうが驚きなんですが」


話の流れ的に、きっと今までは松之助さんひとりでお店をやってきたため、住居手当なんて考えたこともなかったのだろう。

だからといって、それが出なければ私は苦しい生活を強いられることになると思う。たった三カ月の東京ひとり暮らしで、月々の家賃が意外とバカにならないことを私は身に沁みて感じていた。


「……二階、空いてる部屋あるじゃない」

「へ」

「は」


松之助さんとふたり、間抜けな声を上げる。今この店の中で、起きているのは私たちだけだったはずなのに、第三者の声が聞こえた。

そちらを見れば、さっきまで眠っていたトヨさんがむくりと顔を上げている。