「トヨさんが言いだしたとはいえ、奇妙なことに巻き込んでしもて」

「あー……」


カウンターに突っ伏しているトヨさんは、穏やかな寝息を立てている。その姿ですら美しくて絵になるところを見ると、やっぱりトヨさんは神様なんだなと思う。しかし実際に話してみれば、ただの女の子のようにも思えた。


「これってやっぱり、奇妙なこと、なんでしょうか」

「奇妙やろ。神様のことが見えるようになって、しかもそのたまり場みたいな居酒屋で働けって言われとるんやで」


松之助さんは少し悲しそうに笑いながら、頭に巻いていた白いタオルを外した。短めの金髪をワシャワシャするのを見て、私は不意に浮かんだ疑問を口にする。


「松之助さんは、どうしてこのお店で働いているんですか?」


この状況が奇妙だと分かっていながら、なぜこの仕事を選んだのだろう。

そんな私の質問に、松之助さんは思案するように天井を見上げた。


「……神様たちにも、だらだらできる場所を作ったりたいと思ったんよな」

「だらだらできる場所、ですか」


松之助さんの言葉を、ゆっくりと繰り返して声に出してみる。

二度に渡る就活でいろんな企業の創始者の言葉を見てきたけれど、神様たちにだらだらできる場所を、というのはかなり新鮮だ。


「神様たちが人間みたいに悩んだり疲れたりしとるのを、ずっと見とったでさ。背負っとる肩書きとかを全部取っ払って、ひと息つけるような居場所があったらいいなと思って」


松之助さんは眠っている神様たちに視線を向けながら、照れくさそうに笑う。

最初は怖そうだと思ったけれど、神様たちと話す松之助さんは楽しそうで、生き生きとして見えた。きっとそれが松之助さん本来の姿で、とても優しくて思いやりのある人なのだろう。そうじゃなきゃ、誰かのために居場所を作ることなんてできないはずだ。


「それから俺が、……人間と合わんかったから」

「へ?」


松之助さんの、この店への想いに感動していたとき、ボソリと落とされた呟きを私の耳が拾った。

人間と合わなかったって、それは、つまり……?


「ていうのは嘘で」


言葉の真意を考えだした途端、投下された次の言葉。


「は?」


混乱しながら松之助さんの顔を見ると、彼はニヤリと笑っていた。


「ていうのも嘘で」

「いやそれ結局どっちやねん」


急にふざけだした松之助さんに、思わず片言の関西弁でツッコミを入れてしまう。

そんな私を、松之助さんはケラケラと笑った。