神様の居酒屋お伊勢



「ねえ、ちょっと莉子、聞いてる?」


どすん、とトヨさんが肩に寄りかかってきた。正直、他のことを考えていたけれど、私は「聞いてますって」と頷く。


「大体ねえ、両想いになれますように、とかお願いしに来るけど、それ私の専門外だから! 参拝するならその神社にどんな神が祀られてるかくらい、ちゃんと調べてきなさいよね」

「はあ、なんか神様って大変ですね」

「そうなの! もうね、ちょー、たいっへん」


段々と舌が回らなくなってきているトヨさんに、適当に相槌を打つ。

これ、完全に絡み酒ってやつだ。

かく言う私も、おかわりで頼んだ梅酒が予想以上においしくて、調子に乗って飲んでいるうちにふわふわとしてきたような気がしないでもない。


「それにねえ、最近の子たちは――」

「はい、お待ち」


まだまだ続きそうなトヨさんの愚痴に耳を傾けていたとき、それを遮るように、私たちの前にお皿が置かれた。


「唐揚げ! 来た来た!」

「わあ、おいしそうですね!」


千切りキャベツと一緒に、ゴツゴツと大きい唐揚げが六個盛られていた。ほわんと湯気が立っていて、まさに揚げたてといったところだろう。思わず歓声を上げたトヨさんと私を、松之助さんがおかしそうに笑った。


「これ、なにかタレがかけてあるんですか?」

「そう。まあ食べてみ」


普段私がよく食べる唐揚げよりも、濃い茶色でテカテカしているのを不思議に思って松之助さんに聞いてみれば、そんな答えが返ってくる。

確かに話を聞くより食べてみたほうが早い。じゅるりと垂れそうになったよだれを引っ込めながら、ひとつつまんで、ふうふうと冷ましてから口に入れた。

衣に歯を立てると、サクッといい音がした。次の瞬間、中に閉じ込められていた肉汁がジュワーッと出てきて、衣にかけられていた甘辛いタレと絡んで絶妙にまろやかな味わいが広がる。ふーっと鼻から息を吐くとニンニクの匂いがした。


「めちゃくちゃおいしいです、なにこれ!」

「たまり醤油っていうのをベースにした甘タレがかけてあるん。伊勢うどんのタレに使う、伝統的な醤油やで」


角がなくておいしいやろ、と自慢げな松之助さんに、コクコクと頷いた。




「これがまたビールとよく合うのよねえ」


私の隣で、トヨさんも幸せそうに頬張っている。おすすめしてくるだけあって、かなりお気に入りのようだ。唐揚げを流し込むようにビールを煽って、至福の笑みを浮かべている。

そんなトヨさんと共に舌鼓をうっていると、入り口近くから「ごちそうさまぁ」と高い声が聞こえてきた。視線を向ければ白いキツネが二匹、ぴょこっと耳を立てている。


「き、キツネがしゃべってる……」

「あれはお稲荷さんところのお使いキツネたち。今日はもう帰るみたいね」


驚く私に、トヨさんは平然と答える。松之助さんはキツネたちから代金を受け取って計算し、おつりを手渡していた。


「また、おいない」


そう手を振って、キツネたちを見送った松之助さんに、私はふと尋ねる。


「あの、『おいない』ってどういう意味ですか? ニュアンス的には『おいで』と一緒で合ってます?」


トヨさんの声に呼ばれていたときのことを思い返して言えば、松之助さんは「ああ」と頷いた。


「そやな、そんな感じで合っとるよ」

「松之助の口ぐせなのよね。いつも『また、おいない』って見送ってくれるの」


なぜか誇らしげなトヨさんに「へえ」と相槌を打つ。だけど確かに、普通に『ありがとうございました』って見送られるよりも『また、おいない』って言われたほうが次も来たいと思うかも。ちょっとした違いだけれど、お客さんからしてみたら結構嬉しいものなのかもしれない。


「ところで莉子、あなた唐揚げ食べないの? 全部食べちゃうわよ?」

「えっ、それはダメです」


トヨさんの視線が唐揚げに向いていることに気づいて、慌ててお皿を遠ざけた。そんな私に「冗談よ」とトヨさんは笑うけれど、油断も隙もあったもんじゃない。

取られないうちにもうひとつ、と手を伸ばそうとしたとき、不意にピコンと聞き慣れた電子音がした。


「あ、ちょっとすみません」


断りを入れて、バッグの中からスマホを取り出す。さっきの音はメッセージの受信を知らせる通知だった。ホームボタンを押せば【帰宅は何時頃になりそう?】というメッセージがお母さんから届いていた。

なにも連絡していなかったことを思い出して、慌てて画面をタップする。【帰宅は遅くなると思う。夜ごはんは食べてくるから気にしないで】と返信すれば、親指を立てた女の子のスタンプが送られてきた。了解したということだろう。


「……それ」

「え?」


画面を消そうとしたところで、不意に隣から声がかかった。




「最近の子たちはみんなそれ持ってウロウロしてる!」


それ、と言いながらトヨさんが指差していたのは、私の持っているスマホだった。


「なんかそれに長い棒つけて、イエーイってよくやってるでしょ!? なんなのあれは!」

「あー……えっと、自撮り棒のこと?」

「ジドリボウっていうの? あれ持って歩いてる子って、大抵ちゃんと前向いて歩いてなくて転びそうだし、誰かにぶつかりそうだし、見てて本当にヒヤヒヤするのよね」


まったくもう、と頬を膨らますトヨさんは、いつの間に飲み終えていたのかまた空いたジョッキを掲げる。


「あと、あれはなに? やたら写真撮って投稿がどうのって」

「えーっと、インスタとかのことですかね。……こういうやつ?」


写真や動画を投稿できるSNSのアプリを開いて、その画面をトヨさんに見せる。

するとトヨさんは、食い入るようにその画面を見つめて「そう! これ!」と大きく頷いた。


「確かに流行ってますね、これ。私も大学生のときにとりあえずインストールしたけど、写真撮るの下手すぎて、最近はもう見るだけになったかも」

「写真に下手とかあるん?」


おかわりのビールを置きながら、そう聞いてきたのは松之助さんだった。じっと画面を見つめているトヨさん同様に、物珍しそうにしている。


「うーん、まあ楽しみ方は人それぞれだから、別にどんな写真を投稿しようと自由なんですけど。インスタは他のSNSと違って、文章じゃなくて画像がメインのアプリだから」

「へえ、そういう感じなんや」

「〝フォトジェニック〟とか、〝インスタ映え〟とか耳にしたことないですか?」


私がそう尋ねると、トヨさんと松之助さんは揃って首を傾げた。ポカンと口を開けたふたりの頭上には、ハテナが浮かんでいるように見える。

どう説明するのがいいかな、と少し考えながら視線を動かすと、自分の前に置かれている唐揚げが目に入った。





「例えばなんですけど、この唐揚げを普通に撮ると……」


カシャ、と写真を撮ってみせる。


「……唐揚げやな」

「うん、普通の唐揚げね。これがどうしたの?」

「私がなにも考えずに撮ると、こういう感じになるんですけど。これを構図とか考えながら撮って、明るさとか色とかを調整して、いい感じに加工して、よりおいしそうな唐揚げにすると、こう」


検索のところに【#唐揚げ】と入れると、画面の上のほうに人気投稿が出てくる。そのうちのひとつをタップして見せれば、ふたりは「おお!」と声を上げた。


「これは見栄えがええなあ!」

「パンケーキとかカキ氷とかの投稿を見てみると、もっと面白いかもしれないです。あとは食べ物だけじゃなくて、フォトジェニックな場所とかもあったりして――」

「伊勢は? 伊勢の写真はないの?」


そう言ってトヨさんが、私の肩を揺する。さっきまでベロベロに酔って愚痴を垂れ流していたとは思えないくらい、その瞳は輝いていた。

言われるがままに【#伊勢神宮】と検索をかければ、画面にずらっと写真や動画が並ぶ。

トヨさんは恐る恐るスマホを覗き込んで、かと思えば勢いよく顔を上げた。


「すごい! すごいこれ、みんな綺麗に撮ってくれてる! ねえ松之助、こんなのあるってあなたも知ってたの?」

「いや、俺はそういうの得意とちゃうから……」


苦笑いを浮かべた松之助さんに「まっちゃん、こっちビール追加で!」と座敷のほうから声がかかる。軽く返事をして仕事に戻っていく姿を眺めていると、隣から肩をバシバシと叩かれた。


「ねえ莉子、これどうやったらこうなるの? このもやーってした感じのやつはどうやってやってるの?」

「えっと、それはフィルターっていって……」

「フィルター? どうやってするの?」


興味津々といった様子で質問攻めするトヨさんに、操作の仕方を説明していく。

ふんふんと真剣に聞く姿を見て、私はなんとなくお母さんを思い出した。長年愛用していたガラケーをスマホに替えたとき、お母さんは今のトヨさんみたいに、分からないことがあればなんでも私に聞いてきたのだった。

神様ってすごく遠い存在みたいに思っていたけれど、実は私たち人間とそんなに変わらないのかもしれない。

座敷で宴会をしている神様たちの豪快な笑い声を聞きながら、私はこっそりとそんなことを思った。




 * * *




「……なんか、悪かったな」


いつの間にか夜は更けていて、終電はすでになくなっていた。明日はなんの予定も入っていなかったため、帰るのは諦めて朝が来るのを待つことにした私に、松之助さんがポツリと呟いた。


「え、なにがですか?」


お冷をもらって酔いが醒めてきた私は、どんちゃん騒ぎをして酔っ払った挙句、眠ってしまった神様たちにブランケットをかけるのを手伝っているところだった。店の中にはグウグウ、ガアガアと神様たちのいびきが響いている。




「トヨさんが言いだしたとはいえ、奇妙なことに巻き込んでしもて」

「あー……」


カウンターに突っ伏しているトヨさんは、穏やかな寝息を立てている。その姿ですら美しくて絵になるところを見ると、やっぱりトヨさんは神様なんだなと思う。しかし実際に話してみれば、ただの女の子のようにも思えた。


「これってやっぱり、奇妙なこと、なんでしょうか」

「奇妙やろ。神様のことが見えるようになって、しかもそのたまり場みたいな居酒屋で働けって言われとるんやで」


松之助さんは少し悲しそうに笑いながら、頭に巻いていた白いタオルを外した。短めの金髪をワシャワシャするのを見て、私は不意に浮かんだ疑問を口にする。


「松之助さんは、どうしてこのお店で働いているんですか?」


この状況が奇妙だと分かっていながら、なぜこの仕事を選んだのだろう。

そんな私の質問に、松之助さんは思案するように天井を見上げた。


「……神様たちにも、だらだらできる場所を作ったりたいと思ったんよな」

「だらだらできる場所、ですか」


松之助さんの言葉を、ゆっくりと繰り返して声に出してみる。

二度に渡る就活でいろんな企業の創始者の言葉を見てきたけれど、神様たちにだらだらできる場所を、というのはかなり新鮮だ。


「神様たちが人間みたいに悩んだり疲れたりしとるのを、ずっと見とったでさ。背負っとる肩書きとかを全部取っ払って、ひと息つけるような居場所があったらいいなと思って」


松之助さんは眠っている神様たちに視線を向けながら、照れくさそうに笑う。

最初は怖そうだと思ったけれど、神様たちと話す松之助さんは楽しそうで、生き生きとして見えた。きっとそれが松之助さん本来の姿で、とても優しくて思いやりのある人なのだろう。そうじゃなきゃ、誰かのために居場所を作ることなんてできないはずだ。


「それから俺が、……人間と合わんかったから」

「へ?」


松之助さんの、この店への想いに感動していたとき、ボソリと落とされた呟きを私の耳が拾った。

人間と合わなかったって、それは、つまり……?


「ていうのは嘘で」


言葉の真意を考えだした途端、投下された次の言葉。


「は?」


混乱しながら松之助さんの顔を見ると、彼はニヤリと笑っていた。


「ていうのも嘘で」

「いやそれ結局どっちやねん」


急にふざけだした松之助さんに、思わず片言の関西弁でツッコミを入れてしまう。

そんな私を、松之助さんはケラケラと笑った。




今日初めて会ったというのに、こうして緊張せずに話せるから不思議だ。松之助さんの奥底にある優しさとか、神様をも受け入れる寛容さとかがにじみ出ているからかもしれない。

前の職場にも、こういう先輩がひとりいてくれたら、また違っただろうか。

ふとそんなことを考えて、やめよう、と頭を振った。その代わりに、これからこの人の下で働けることを嬉しく思った。

松之助さんは私のツッコミがツボだったのか、ひとしきり笑ったあと、ふうと息を吐きながら「まあ〝見える〟っていうのはいいことばっかじゃないってことや」となにやら意味深な言い方をした。

多分、あんまり触れないほうがいい話題だったのだろう。なんとなくその空気を察して、私は別の話に変えることにした。


「あの、そういえばなんですけど」

「ん?」

「お給料って、どのくらいいただけるんですか?」


怒涛の勢いで話が進んでいったため、仕事についての詳細を聞いていなかった。私がそれを口にすると、松之助さんもそのことに気づいたようで、ポンと手を叩く。

それから少し苦い顔をしながら「最初は見習いってことで、ごめんやけど月十七万くらいでどう?」と首を傾げた。

額面で月十七万ということは、いろいろ引かれて手取りは十五万ちょっとという感じだろうか。前の会社では手取りが二十万を超えていたから、提示された金額は喜べるような条件ではない。家賃、光熱費、水道代、食費、その他もろもろ含めて大ざっぱに計算してもカツカツだ。


「あの、ここって住居手当とか出ますか?」


ふと思い立って聞いてみると、松之助さんは「住居手当……?」と私が言ったことを繰り返す。


「えっと、この店で働かせてもらうってなったら、今住んでるところから通うのは多分無理なので」

「……ちょっと待って、莉子は今どこに住んどんの」


逆に質問をされて、実家が茨城にあることを告げれば、松之助さんは頭を抱えた。


「なんでそんな遠いとこに住んどんの……」

「いや私からしてみれば、縁もゆかりもない伊勢で仕事が見つかったことのほうが驚きなんですが」


話の流れ的に、きっと今までは松之助さんひとりでお店をやってきたため、住居手当なんて考えたこともなかったのだろう。

だからといって、それが出なければ私は苦しい生活を強いられることになると思う。たった三カ月の東京ひとり暮らしで、月々の家賃が意外とバカにならないことを私は身に沁みて感じていた。


「……二階、空いてる部屋あるじゃない」

「へ」

「は」


松之助さんとふたり、間抜けな声を上げる。今この店の中で、起きているのは私たちだけだったはずなのに、第三者の声が聞こえた。

そちらを見れば、さっきまで眠っていたトヨさんがむくりと顔を上げている。




「トヨさん、起きとったんか」

「うーん、まあ、ぼんやりとね」


松之助さんの問いかけに欠伸をしながら答えたトヨさんは、そのままゆっくりと私のほうを向いた。


「莉子。この店の二階に空いてる部屋があるから、あなたそこに住んじゃいなさい」

「え」

「そしたら住むところには困らないでしょ?」

「い、いいんですか!?」


それは、願ってもみない提案だった。この店に住み込みで働けるとなれば、家賃もゼロで、通勤時間もゼロということだろう。


「なんてったって、私は衣食住の神様だからね。困ってる人間を見過ごすわけにもいかないわ」

「いやトヨさん、それはさすがに――」

「神様ってすごい!」


松之助さんがなにか言いかけていたけれど、そのおいしい話に食いつかないはずもなく、私は「働く! 働きます! ここで私を雇ってください!」と勢いよく宣言したのだった。





『……それで結局、伊勢の料亭で働いてるって? しかもなに、男と同居中?』

「う……、だってその人が住んでるなんて知らなかったんだもん……」


隣の部屋で眠っている同居人を起こさないように私がボソボソ嘆けば、電話の向こうで葉月がおかしそうに笑った。

あれから二週間ほどが過ぎて、仕事にも少し慣れてきた今日この頃。私に神頼みを勧めてきた葉月が、会社のお昼休みに連絡をくれたのだった。


――ここで雇ってもらえることが決まった翌日、家族にそのことを伝えると、すごく喜んでくれた。さすがに神様たちの集まる居酒屋ということは言えなかったため、伊勢の料亭だということにしたけれど。

そして引っ越しの準備も家族総出で手伝ってもらい、万全の態勢で再び伊勢にやってきたとき、店の二階に松之助さんも住んでいるということを知ったのだった――。


「よく考えたら、住み込みの話が出たときになにか言いかけてたような気はするんだけど、まさかひとつ屋根の下になるとは思わないじゃん……」

『部屋は別々だけど、他は大体、共有なんだっけ。お風呂でバッタリ遭遇とかないの?』

「ないよ!」


語気を強めて否定した。さすがにそこは、私も松之助さんも細心の注意を払っているところだ。


『ちぇ、ないのか。ところでその男、何歳なの』

「確か二十八? とか言ってた気がするけど……」


毎日のようにやってくるトヨさんから聞いた話を思い返しながら答えると、葉月の興奮したような鼻息が聞こえた。


『いいじゃん、二十八。ちょうどいいじゃん、二十八』

「ちょうどいいってなにが……ていうか多分、葉月が思ってるようなことは起きないよ……」


なんだか話が変な方向に逸れだしたので、私は静かに部屋を出た。少し傾斜のきつい階段を、なるべく音を立てないようにして下りていく。




『なんだ、面白くない』

「面白さを求めないでおくれ」

『……あ、そういえばさ、最近めっちゃインスタ投稿してるのは伊勢をアピールするためだったりするの?』


夜になれば神様たちのたまり場になる一階に下りて、私はいつかのように一番奥のカウンター席に腰かけた。古ぼけたカウンターの木目を指でなぞりながら、今しがた葉月に言われたことをぼんやりと考える。


「……え、インスタ?」

『今まであんまり投稿しなかったのに、急にするようになったからどうしたのかと思って。しかもやたら上手に撮ってるし、フォロワーも〝いいね!〟も増えてるから、ちょっと気になって』

「えーっと……」


葉月の口から出てくるのは、まったく身に覚えのない話だった。

誰かと間違えているのかもしれない。しかしそれを指摘するタイミングは完全に逃した気がする。そのため私は、適当に相槌を打って話を合わせることにした。


「まあ、うん。ちょっと凝ってみようかと思ったんだけど。投稿しすぎかな?」

『ううん、ただ莉子にしては珍しいなと思って聞いてみただけ。投稿あると生存確認できるし、私も伊勢行きたいなとか思うしその調子で続けてみてよ』

「そ……、そうしようかな」

『うん。まあ、元気そうでよかった。もうお昼休み終わるから、そろそろ切るね』


早口でそう言った葉月に「また連絡するね」と告げて通話を終了する。通話時間を表示する画面が消えたのを確認して、私はホーム画面に並ぶボタンのひとつをタップした。


「……インスタとか全然開いてなかったんですけど」


誰かのアカウントを私のものだと勘違いして、葉月が話していたのならそれでいい。だけどもし、それが本当に私のものだったとしたら……。


一抹の不安を覚えながらそのアプリを開く。恐る恐る画面を見れば、通知欄に見たこともない数のハートが表示されていた。


「な、な、……なんだこれ」


最後に投稿したのはいつだったか、はっきりと覚えていないほど前のことだというのに、こんな数の〝いいね!〟がつくのは明らかにおかしい。

誰かにアカウントを乗っ取られたとかだろうか。もしそうなら、早いうちに対処しないと。

そう思いながら自分のページを開いて、私は言葉を失った。


「…………」


ずらりと並んだ、神社の写真。鳥居や橋を写したものもあれば、木々の間からこぼれる日の光や池の中を泳ぐ鯉を写したものもある。

それらの写真はどれも鮮やかに色が調整されていて、周りを白色の外枠で囲われていた。もれなく【#伊勢神宮】【#本日の外宮】【#ファインダー越しの私の世界】【#写真好きさんと繋(つな)がりたい】といったタグがつけられており、位置情報までつけて投稿するという徹底ぶりだ。

いつからこんなに投稿されているのか遡ってみると、ちょうど二週間前。唐揚げとビールのおいしそうな写真が投稿されていた。


これを見て思い当たったのは、もうあの神様しかいない。


「ああもう、トヨさんは……!」


隣の席をチラリと見る。

いつの日かそこに座って興味津々で質問をしてきた衣食住の神様が、伊勢神宮の外宮でいたずらっぽく笑っているような気がした。





【続きは文庫でお楽しみください**】

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