「神様をそんなふうに呼んじゃって大丈夫なんですか……?」
「いいのいいの、私がそうしてって言ってるんだから」
「は、はあ」
信じがたい状況なのは分かっているのだけど、極限の非現実に直面すると人間は不思議と受け入れてしまうものなのかもしれない。もしかして私、酔ってるのかな。
「でも、なんで私が選ばれたんですか?」
ずっと疑問に思っていたことを尋ねてみる。
「だーって、あなた、めちゃくちゃ長かったんだもの」
その言葉に、松之助さんがクスリと笑った。
「な、長かったとは?」
「参拝時間のこと。お願い事はさまざまだし、思いの強さも人それぞれだけど、あなたは手を合わせてる時間がとにかく長かったのよ。よっぽど切実だとお見受けしたわ」
は、恥ずかしい……。私、そんなに長かった?
確かに、神様に聞いてもらいたいことがたくさんあった。まず一度就職させてもらえたお礼をして、そのあとは就職してた頃の反省、それから再就職に向けての抱負に、再就職が決まったときの職場環境における心構え……云々。
あのとき対話していた神様が今、目の前にいる。ということは、私が心の中で思っていたことも全部このお方に聞いてもらっていたというわけで……。
「か、神様を前に大変失礼いたしました! 私、改めまして、濱岡莉子と申します」
隣に身体ごと向けて、ガバッと頭を下げた。
「莉子ね。そんなに堅くならないでいいわよ」
私の名前を聞いて満足そうに頷いたトヨさんは、空いたジョッキを掲げてみせる。
それを見た松之助さんが「ほどほどにしときや」と言いながら、ドンとビールを置いた。
「トヨさんは最近、参拝客が写真撮るのに夢中でろくに参拝してくれやんって愚痴っとったからな」
神様が愚痴る? そんなこと、あるのだろうか。私のイメージでは、神様って気高くて厳かで、愚痴なんてひとつもこぼさない完全無欠の存在なのだけれど。
「やー、もうほんとにね。言いだしたら止まらないわよ」
「へえ。神様にもいろいろあるんですねえ」
「そうなの。ねえ莉子、ちょっと一杯付き合ってよ」
おかわりのビールをぐいっと飲みながらそう言うトヨさんの様子に、なんだか親近感が湧いてくる。
とにもかくにも、こんなへんてこな状況、私だって飲まないとやってられない。
そういえば、サービスでもらった不思議な味わいのあるお酒しか飲んでいないことに気づく。
「じゃあ、えっと、注文いいですか」
「もちろん。メニューはそこにあるやつと、壁に貼ってあるやつな」
小さく手を挙げて尋ねれば、カウンターの隅と、壁に貼ってある色とりどりの紙を松之助さんが指差す。
カウンターの隅に置いてあったお品書きを見てみると、ビールや日本酒、各種カクテルに、果実酒、サワーといったいろんな種類のお酒の他、枝豆やポテトフライ、出汁巻きなどの定番のおつまみが並んでいた。