「井上くんは、悩みとか……」

「悩み?」

 井上くんが私に近付き、首を傾けた。その距離が思ったよりも近くて思わずのけ反ってしまう。

「悩みか……」

「ご、ごめん。そんなのないよね」

 一口残っていたクロワッサンを食べ、テーブルに落ちてしまったパンくずを丁寧に拾ってトレイにのせた。


「そりゃーあるよ」

「え? あるの?」

「逆に、悩みのない人なんかいないんじゃない?」


 最近は考えることがありすぎてパンクしそうなくらい頭がいっぱいだったけど、大小関係なく生きていればなにかしらの悩みは生まれる。確かにそうかもしれない。でも私の場合は、悩みという次元を越えている。自分ではどうしようもない事実を抱えながら、この先の人生を上手く生きていけるのか分からない。

 私はちゃんとした大人になれるのか、大人になれたとして、この不安はいつか消えくれるのだろうか。


 カウンターの上で握り締めた自分の両手を見つめていると、井上くんが席を立ってトレイ持ち上げた。

「ごちそうさまです」

 トレイを返すと、店員のおばさんが嬉しそうに微笑む。二人共、なんて幸せそうに笑うんだろう。私の笑顔とは大違いだ。

「じゃー行こうか。さっきの道をあと少しだけ歩いて今日は終わりにしよう」

「うん」

 井上くんの後に続き「ごちそうさまでした」と忍ぶような声で軽く会釈をした。