井上くんがトレイをレジに持って行ったところで、私は自分の鞄に手を入れて財布を探す。小銭しか入れていない小さな財布だからか、なかなか見つからない。

「ちょっと待って、今出すから」

「別にいいよ」

「ダメ! 待って、えっと……あった」

 小銭入れを勢いよく鞄から出すと、チャックが開いていたのか、チャリンと音を鳴らして小銭が数枚床に転がった。

 更に焦って小銭を拾っていると、井上くんが私の目の前にしゃがみ込み、右手を差し出す。

「あ、ごめん。今渡すから」

「そうじゃなくて、これも」

 拾ってくれた十円を私の掌にのせ、他に落ちていないか床を見渡して確認してくれている。

「大丈夫? 全部あった?」

「大丈夫、ありがとう」

 私の言葉に薄く笑みを浮かべて立ち上がり、そのまま店内にあるカウンターにトレイを置いた。


 これまで噂でしか耳にしていなかった井上くんの小さな優しさに初めて触れ、不覚にも胸がときめいてしまった。イケメンが繰り出すさり気ない優しさというのは、最強の武器だ。


 さっきまで座っていた女の人はいつの間にかいなくなっていて、井上くんはカウンターの右端に座った。隣に座るのを躊躇ったけど、一つ席を空けて座るわけにはいかないので仕方なく井上くんの左隣に腰を下ろす。

「お金、払うから」

 握り締めていた小銭入れから百二十円を差し出すと、井上くんが私の手を押し戻そうとした。手に軽く触れた瞬間、私は避けるように自分の手を戻し、咄嗟に入口や外が丸見えのガラス窓に視線を向けた。誰もいないことを確認した私は、ホッと胸を撫で下ろす。

 誰かに見られていたら、そう思うだけで胃が痛くなる。