店内は思ったよりも広くて、壁沿いのL字型の棚や真ん中にあるテーブルにもパンが並べられている。更に右の壁には飲食出来るカウンターと椅子が四つあった。一番奥の席に女の人が一人座っていて、スマホ片手にパンを食べている。


「ヤバ、ちょー美味しそう」

 トングとクリーム色のトレイを持ち、目を輝かせながらパンを物色している井上くん。私はなにも持たずに一通りパンを眺めた。誰もが知っている定番のパンの他にも見たことのない総菜パンもある。苺、オレンジ、ブルーベリー、メロンなどの果物がそれぞれのっているデニッシュパンはカゴに入れられていて、まるで花束のように綺麗だ。そしてなにより美味しそう。


「愛花(あいか)はどれにする?」

 ハッと一瞬心臓が跳ねたけど、なんでもない顔をして「んー」と悩んでいる振りをした。
 井上くんは私だけでなく、クラスのほぼ全員のことを名前で呼ぶ。男子はともかく、突然名前で呼ばれたら大抵の女子はドキッとするはずだ。私だって、何度呼ばれてもいまだに慣れない。

 いやらしさや軽い感じもなくただただフレンドリーで爽やかで、そうやって一瞬にして女子のハートを撃ち抜いていることに、井上くん自身はきっと気付いていない。それもまた、人気者と言われる要素の一つなのだろうか。


「決めた、これにする」

 井上くんがトレイにのせたのは、綺麗に茶色く焼けたパンの中央に黒ゴマが付いているあんパンだった。

「愛花は?」

 再び名前を呼ばれた私は、焦って目の前にあったパンを指差す。井上くんは「オッケー」と言いながらクロワッサンを掴んでトレイにのせた。