「なんかすげー良い匂いしない?」
突然立ち止まった井上くんがなにかを探すように辺りに視線をさ迷わせると、私の顎も自然と上がった。雨の匂いに紛れて、どこからか甘さを含む香ばしい香りが漂ってくる。
「パン」と呟く私の声と同時に、井上くんが右側の路地を指差した。
「あそこかな」
行ってみようかと確認し合う前に、私達の足は香りにつられてすでに路地へと踏み込んでいた。
狭い路地を少し進むと、すぐに探していた場所に辿り着いた。頭の中で勝手に想像していた外観とは違い、とても都会的でお洒落な雰囲気にちょっとだけ驚く。
目に映ったのは真っ白な壁と、サイコロのように四角いコンクリートの建物。自動ドアの上にある黒い看板には白で文字が書かれている。英語ではないからフランス語かなにかかもしれない。中が見える大きなガラス窓にも白色で文字が書かれていて、窓の下には綺麗な花が飾られていた。
なんにせよ、民家や緑の多いこの場所には似つかわしくない外観だ。
「お腹空いてる?」
「え? あ、うん」
本当はそこまでお腹が空いているというわけではなかったけど、無類のパン好きである私にとって、パン屋を目の前にしてスルーするわけにはいかなかった。
けれど井上くんが傘を閉じて自動ドアを開けたところで、小さな不安が頭を過る。
もっとちゃんと考えてから返事をすればよかった。二人でパン屋にいるところを誰かに見られたら……。
後悔するも、井上くんはすでに店内に入ってしまっている。「いらっしゃいませ」という声を聞いてしまったら、やっぱり出ようとはさすがに言えない。
今日は雨だし、なによりこんなところにパン屋があるなんてきっと誰も知らないはずだ。私も井上くんも知らなかったのだから、みんなも知らないはず。
そうやって、無理矢理自分を安心させた。
突然立ち止まった井上くんがなにかを探すように辺りに視線をさ迷わせると、私の顎も自然と上がった。雨の匂いに紛れて、どこからか甘さを含む香ばしい香りが漂ってくる。
「パン」と呟く私の声と同時に、井上くんが右側の路地を指差した。
「あそこかな」
行ってみようかと確認し合う前に、私達の足は香りにつられてすでに路地へと踏み込んでいた。
狭い路地を少し進むと、すぐに探していた場所に辿り着いた。頭の中で勝手に想像していた外観とは違い、とても都会的でお洒落な雰囲気にちょっとだけ驚く。
目に映ったのは真っ白な壁と、サイコロのように四角いコンクリートの建物。自動ドアの上にある黒い看板には白で文字が書かれている。英語ではないからフランス語かなにかかもしれない。中が見える大きなガラス窓にも白色で文字が書かれていて、窓の下には綺麗な花が飾られていた。
なんにせよ、民家や緑の多いこの場所には似つかわしくない外観だ。
「お腹空いてる?」
「え? あ、うん」
本当はそこまでお腹が空いているというわけではなかったけど、無類のパン好きである私にとって、パン屋を目の前にしてスルーするわけにはいかなかった。
けれど井上くんが傘を閉じて自動ドアを開けたところで、小さな不安が頭を過る。
もっとちゃんと考えてから返事をすればよかった。二人でパン屋にいるところを誰かに見られたら……。
後悔するも、井上くんはすでに店内に入ってしまっている。「いらっしゃいませ」という声を聞いてしまったら、やっぱり出ようとはさすがに言えない。
今日は雨だし、なによりこんなところにパン屋があるなんてきっと誰も知らないはずだ。私も井上くんも知らなかったのだから、みんなも知らないはず。
そうやって、無理矢理自分を安心させた。