「面倒だったら、来週からは俺一人でやるけど」

 思わずその場に立ち止まった私は、傘で顔を隠した。

「思ってない……」

 気付かずに先を行ってしまった井上くんには、ポツリと呟いた私の言葉は当然届いていない。

 あれは自分を守るために言った言葉で、間違っているとは思わない。あの時上手く説明出来ていなかったら、きっと私は取り返しがつかないほど後悔したと思う。この日のことをずっとずっと悔やんだはずだ。

 でも……本音ではなかった。ミサ達に見せた笑顔は、本当の私じゃなかった。

 怒りでも悲しみでも苛立ちでもない正体の分からない感情に、傘を握る手が自然と震える。


「どうした?」

 止まっている私に気付いた井上くんが戻って来てくれたのか、私の前に立って顔を覗き込もうとしているのが分った。だから私は、見られないようにより一層傘を下げた。

「お、思ってない。面倒とか……別に思ってないから」

「そっか」

 顔は見えないけど、傘を隔てて井上くんの声だけが聞えた。

「事故に遭った人のことも、あのせいでとか……それも、別に思ってない」

 ただ、もう二度と辛い学校生活は送りたくなかっただけなんだ。人気者の井上くんと一緒にいて楽しそうにしていると思われたら、私はきっと外される。中学の頃みたいに。だからあんなふうに言ってしまった。


「思ってないなら言わなくてもいいのに。なんであんなこと言っちゃったの?」

 なんで? やっぱり井上くんは私とは全然違う。そもそも男子と女子ではきっと友達との付き合い方も全然違うんだろう。

 友達付き合いにおいて恋愛はとても重要。ただの憧れの人を相手にみんなでキャーキャー騒ぐ分にはいい。でも本気で好きになった人が友達とかぶってしまったらその時は身を引くか、絶対に自分の気持ちは話したらダメなんだ。

 特にグループの中心にいる子が誰を好きなのかは、絶対に知っておかないといけない。知らずにその相手と仲良くしてしまったらそこで終わり。翌日からグループでの居場所はなくなる。

 だから私は、井上くんと放課後一緒に歩くことに慎重にならざるを得なかった。『正輝って、かっこいいよね。彼女いるのかな』ミサが、そう言っていたから。

 彼女がいるかを気にするなんて、好きだと言っているようなもの。だからあの時ちゃんと言い訳をしていなかったら、ミサの好きな相手と仲良くしていたという理由だけで私は一人になってしまう。

 けれどこんなこと、説明したところで裏のない井上くんには伝わらない。というか言えないし、言うつもりもない……。