「お前さ、昨日も思ったけどなんでそんなに下ばっかり見てんの?」
駅から離れた私たちは高架下(こうかした)にいた。私の手を離したヒロはまっすぐに私を見つめていて、今言われたばかりなのに、視線が地面に向いてしまう。
「それにさっきのもイヤなら喋れよ。それともそうやってわざと黙って男の気引いてんの?」
「……違う!」
空洞のようになっている高架下で私の声が反響していた。
男の気なんて引くわけがない。私だってイヤだって言えたら楽だよ。もっと堂々と止めてくださいって、触らないでって言いたいよ。
でも、ダメなの。すぐに暴力を受けていた頃の自分が出てきて、震えが止まらなくなる。
あの男はもういないし、あの家にだって帰らなくてもいいのに、どうしても抜け出せない。
そのぐらい地獄のような5年間は長かった。それは私の心を粉々にしてしまうぐらい。
「なんだ、出るじゃん」
「え?」
「でかい声」
ヒロがそう言って口元をゆるませる。
風が通り抜けない高架下。なのに風が吹いたのだ。
ふわりと、心なんてなくした私の身体の中を、爽快になにかが抜けていった気がした。