「あんた受験勉強なんて家でもできないのかい」

通い始めて四日目、食後に洗いものを引き受けてやっていると、トシさんが後ろでそんなことを言う。ちらりと見れば、本人は糠床を混ぜている。
私はなんと答えたものか迷った。集中したかったというのが理由になるとは思えない。

「さては、親と不仲だね」

トシさんはずばりと言いきった。

「それで、暇な従兄の手を借りて田舎に逃げてきたわけだ」
「そういうわけでは……ないです」
「年頃の女が家を出たいなんてのは、男ができたか、親と不仲かのどっちかだよ。あんたは、惚れた腫れたじゃないだろう。あの、迅って兄ちゃんもどうみたって兄妹だしね。大方進学でモメたんだろう」

私は苛立ち、むっつりと黙り込んだ。
どうしてこのおばあさんは無神経なんだろう。無神経ついでにこんなことを言う。

「食わせてもらってる分際で生意気だねぇ」

あなたには関係ない……そう言いたいのに、私の口からは文句がでてこない。とにかく嫌な気分になりながら、手早く布巾で手を拭き、トシさんの顔も見ずに言った。

「ご馳走様でした。帰ります」
「ああそうかい。明日は使い道のないうどん粉を始末するからね。少し早めにおいで」

もう来たくない。トシさんは意地悪だ。
そして、私はトシさんに小娘扱いされて見透かされるのが嫌だ。

でも、ことを荒立てるのが苦手な私は、小さくはいと答えてトシさんの家を後にした。私は明日も渋々とこの家に来るのだろう。

帰り際、縁側で迅を見かけた。
迅は勘太郎といて、よろよろ立ち上がった勘太郎の背を濡れタオルで拭いてあげている。勘太郎は迅にはすごく懐いて、迅が何をしてもけして嫌がらない。今も、迅の肩に顎を載せ、気持ちよさそうにしている。
でも勘太郎は、私がいると警戒している様子だ。私のことは迅のおまけとは思っていても、気を許していい存在とは認定していない様子。まだ番犬なんだなと思う。
迅には声をかけずに帰った。