ああ、なんてことだろう。


 五日掛けて町に到着したユンジェは、満目一杯に広がる光景に言葉を失ってしまう。

 そこは椿ノ油小町。
 名の通り、椿油を売りにしている町であった。とても小さな町であった。
 けれども、ひしめき合っている石造の家屋を見ると、それなりに人がいる所であった。『人』がいれば、きっと活気づいた町がお目に掛かれたのだろう。

「町が亡んでいる」

 亡んだ町を前にユンジェは、なんと感想を述べればいいのか分からなかった。

 その町はとてもくすんでいる。

 倒壊している家屋や、穴の開いた外壁。道に転がっている空樽に、車輪が取れた荷台。
 一軒の家屋に立つと、油にするための椿の種が奥まで散らばっている。それらを目に留めたせいで、町は灰色に見えた。人の気配はまるでない。

 カグムは地図を頭陀袋に仕舞い、頭からかぶっていた布を取って、町をぐるりと見渡す。

「亡んで、随分と時間が経っているようだな。賊の集団にでも襲われたのか、それとも運悪く、戦の場になってしまったのか。どんな理由にしろ、この町は人間から、そして国から見捨てられたようだな」

 復興の形跡がないと彼は目を細めた。

 ユンジェは、一軒の家屋を突き上げ戸から覗き込む。

 寝台の下で衣を着た人間が倒れていた。
 うつ伏せで倒れているそれは、足の不自由な老人だったのだろう。白髪と杖が見えた。ハエが(たか)っているので、事切れていることが窺える。

 軽く頭を小突かれた。振り返れば、ハオが顎で向こうをしゃくってくる。行くぞ、と態度で示してくる。その際、彼から注意を受けた。

「亡骸を見つけても、下手に近付くな。腐敗の進んでいる亡骸は、どんな菌を持っているか分からねえからな。見つけても、祈りを捧げるだけにしろ」

 やけに熱を入れて語られた。思うことがあるのだろう。ユンジェは小さく頷き、先を歩く大人達の後に続いた。

 亡んだ町には何も残っていなかった。
 家屋も、出店も、倒れている人間も空っぽであった。事切れる人間らを見掛ける度に、とても胸が締め付けられる。

 とりわけ、胸が痛くなったのは曲がり角の外壁前で事切れている子ども二人であった。
 兄妹だったのだろう。兄らしき子どもが、妹らしき子どもを抱き、それらは身を寄せ合って息を引き取っていた。

「さすがにつらいな」

 カグムの言う通り、本当につらい。妹の手には木の皮が握られている。
    
 かじった跡があるので、きっとこの兄妹は町が亡んでも、しばらく此処で生きていたのだろう。兄妹は飢え死にしたのだろうか。弱者の末路を目の当たりにした気分である。

「運がなかったんだな」

 ティエンが哀れみの気持ちを寄せた。ユンジェは同調しつつ、称賛するべきだ、と返事した。

「あいつらは、自分達の力だけで生きようとしたんだ。それはきっと、褒められることだと思う。俺なら褒められたいよ。身寄りがいなくても、頑張って生きようとしたんだから」

 二人で生きようとして、それでも生きられなかった。

 それは仕方がないことだろう。兄妹には生きるだけの力がなかった。力がないなら、死ぬしかないのだ。冷たい言い方かもしれないが、これが世の理だ。

「俺も運が悪かったら、お前達と同じ道を辿っていたのかな」

 近付くなと注意を受けていたにも関わらず、ユンジェは兄妹に歩むと、二人の前に干したジャグムの実を二つ供えた。

「俺は少しだけ、お前達が羨ましいよ。身寄りを失っても、死ぬまで独りにはならなかったんだから。独りのさみしさを味わわなくて良かったな」

 あれは本当につらいもの。それは天の上で食べて欲しい。

 言葉を残し、ユンジェは踵返して戻った。ティエンが無言で右の手を差し出してきたので、迷うことなく、その手を握った。