「赤くなってる?」

「……うん」


「ちょっと昼休み色々あってね」

「色々って……」


「あー、えっと、ここだけの話、人生で初めて人に殴られたんだ。でもここに一発だけだから大丈夫だけど」


赤くなっているという左頬を指差しながら言った。



「一発だけ……」


まるで独り言のように呟き、俺から視線を逸らした雪下さん。


その瞬間、魔法が解けたかのように一気に現実に引き戻された俺は、顔が引きつり息が詰まって上手く呼吸が出来ない。


もう一度右を見ると、雪下さんはいつも通り前を向いて授業を聞いている。



今……普通に喋ってなかったか?

俺、今雪下さんと喋ったよな?

思わず大和の肩を叩き、そう聞きたくなった。



なんで、どうして、そう考えても全く頭が働かない。

今まで挨拶すらまともに目を見て言ってくれたことはなかった。

二人で話し合う授業でさえ、俺が一方的に喋っただけだ。それなのに……。


何度も深呼吸をしてみたが、心の動揺は全く治まってくれない。

この胸の高鳴りは会話をしたことへの驚きというよりも、嬉しさからくるものだ。

思いがけず突然交わした短い会話に驚喜している自分。


この気持ちは……恋、なのだろうか。