「邪魔すんなよ!!」


そう言って今度は、俺の胸倉を掴んでグイッと持ち上げた。

絶対殴られる、この体勢で殴られないわけがない。


覚悟を決めた俺は歯を喰いしばった。

そして鈍い音が耳元に響くのと同時に、左の頬に激しい痛みが走る。



「彰!」


その場に倒れ込んだ俺に、大和が駆け寄って来た。

喧嘩とか俺には一生縁がないことだと思っていたけれど、殴られるってこんな感じなのか。

一瞬の痛みよりもあとからジンジンと伝わる痛みの方が大きい。


「彰は関係ないだろ!」


二人の間になにがあったか知らないが、このまま殴られ続けたらさすがにキツイな。

ここは一つ話し合いで……なんて素直に聞いてくれるわけないか。



「うるせー! これで終わりじゃねーぞ!」


先輩が再び大和の腕を掴んで立たせた。

マズいな。そう思った時、「なにやってんだ」というしゃがれた低い声が後方から聞こえてきた。


「お前らこんな所でなにやってんだ」


一年の時の担任だった英語の教師が眉を潜めて近付いて来る。


柔道部の顧問でもある先生は体が大きく、側にいる先輩が小さく見えるほどだ。

彫りが深く顔も迫力満点。見た目は強面だけれど、生徒の話をきちんと聞いてくれる結構良い先生だ。



「いや、別に……」

さっきまでの気迫はどこへやら、急に声が小さくなった先輩。


「部活の今後のことでちょっと意見が割れてしまって、少し言い争いになっただけです」


先生の視線は赤くなっている大和の左目辺りに向いていたが、大和は爽やかな笑顔を浮かべながら先生にそう言った。

驚いて大和の方を見ると、これまでに見た中で一番の笑顔を俺に向けてきた。



「そうか、ならいいが……五時間目始まるからさっさと戻れよ。お前はちょっと来い」


先輩の腕を掴んだまま、先生はその場を後にした。