壁からチラッと覗いてみると、体格のいい先輩が大和の胸倉を掴んでいた。

前に大和から聞いたことがある。練習にあまり来ない先輩が試合にだけ出たいと言うから困ると。あの人のことだろうか。


「もうすぐ卒業だからな、その前に溜まってたもん吐き出させてもらうぞ」


なにも考えなかった。

ただ体が勝手に動いていて、先輩の言葉を聞いた瞬間に気付いたら隠れていた壁から身を出し、そしてまた、なにも考えずに口が勝手に開いた。


「なにやってんすか!?」


俺がそう言うと先輩は振り返り、胸倉を掴まれた大和は俺に視線を向けた。

大和は目を丸くして口を開き、イケメンが台無しになるほど間抜けな表情で唖然としている。


だよな。ピンチの場面で現れるような男ではないから、驚くのも当然だ。

こんな場面に居合わせて、しかも止めに入ろうとしていることに自分でも驚いている。


「あ、彰?」


その大和の驚いた顔を今すぐ写真に撮りたいとのん気なことを思った矢先、先輩は大和の胸倉を掴んでいる手を離し、俺に近付いてきた。

よく見ると、大和の左目の横が少し赤くなっているような気がした。



「なんだお前」

ここでようやく俺は、ヤバいと悟った。

普通だった俺の人生でこんなトラブルに巻き込まれたことは一度もないからか、正直足が少し震える。

けれど大和は一応友達だし、と言うか、唯一友達だと言える存在かもしれない。俺みたいなつまらない奴と飽きずに一緒にいてくれるのは、大和くらいなものだ。


もう殴られるのを覚悟するしかない。

一人で殴られるよりも二人で殴られたほうが痛みはきっと半分になるなどと、あまり意味のない計算をしてグッと拳を握り締める。