四月半ばの日射しは明るくて、予想よりもずっと暖かい。

 それでも海まで行くなら、風をシャットアウトしてくれる素材の上着が必要だ。
 古着屋で見つけたトレンチコートがいい仕事してくれるのだが、今日は肩まわりのかっちりした服を着る気分じゃなかった。かといって、ショート丈の春物コートに合わせたいロングスカートは、風の強い海辺の散歩には向かない。
 結局、パタゴニアのフーディニに、薄手の白いコットンセーターとデニムを選んだ。日焼け止めを兼ねた乳液だけ顔まわりに塗って、キャンバス地のショルダーに財布とスマホを入れる。
 無職の身分で無駄な贅沢はできないので、出先でペットボトルは買わないと決めた。常温で飲むとむくみに効くらしいよと同僚にすすめられて、かなり前に三袋も買ってあった黒豆茶が封も切らずにキッチンのカゴに入れてあったから、これを煮出して水筒に入れ、散歩に持っていくことにした。

 時間に制限がないのをいいことに、のんびり準備をしていたら、もう十時半を回っている。歩きやすい白のスニーカーを履くと、私は重い扉の向こうへ飛びだした。
 外は雲ひとつない青空で、絶好のお散歩びよりだ。部屋から少し歩いたところにある、お気に入りのパン屋さんでバインミーを買った。

 バインミーはベトナム風サンドイッチだ。フランスパンにレバーペースト、ベトナムハム、野菜のなますがはさんである。かつてはフランス領だったベトナムのフランスパン。もう、おいしいに決まっている。

 そういえば、バインミーを初めて食べたのは、いつだっただろう。
 三年くらい前、谷川くんという事務所の同期と話が盛りあがって、ふたりで行列ができるベトナム料理の店に食事をしに行ったことがあった。そのとき食べたのが最初だったかもしれない。
 土曜の昼さがりのことだった。六本木でマニアックな映画を見てから、私たちは予約していたお店に行った。デートっぽい雰囲気になって、これは流れ的に、もしかすると付き合うことになるのかな……なんて思ったけど、実際にはそうはならなかった。
 辛いものは得意だと豪語した谷川くんが、調子に乗って自分のバインミーに青唐辛子を入れすぎて、頭から滝のような汗を流して涙目になった。それがおかしくて、私がクスクス笑ったら、そのあと谷川くんはすっかり不機嫌になってしまったんだった。

 鎌倉のパン屋さんのトッピングには、思い出の青唐辛子はなかったけれど、パクチーの鮮度のいいものが入ったからと、もりもりにおまけしてもらった。
 パンだけをほんのり温めてもらい、ずっしと重い紙袋を受け取って海へ向かう。