「クレバーで要領のいいライディング、無駄のないコース取り」

「あっ、やっぱりそういう…」

「と、思うでしょう?」


あれっ。


「違うんですか」

「まったく違います。技術は同世代の中で頭ひとつ抜け出ていましたが、集中力にはムラがあり、ライディングは気まぐれで、完全なる感覚派でした。成績の波もひどく、トップ群か最下位のどちらかといった具合です」


楽しそうに語る次原さんを、私はぽかんと見つめた。


「走りが荒っぽいだけに、クラッシュも多かった。ですが、なにかの加護があるとしか思えないほど、けがとは縁遠い選手で、不死身なんて呼ばれてましたね」

「危険なスポーツなんですよね?」

「そうです。今思えば、よく彼の家が許したなと」


本当にそうだ。大事な跡取りに、なにかあったらと考えなかったはずはないのに。

次原さんは、腿に頬杖をつき、懐かしそうに目を細めた。


「彼はかっこよかったですよ。レース内容に納得がいかなければ、勝ったにも関わらずヘルメットを地面に叩きつけたりしてね。そういうところを批判されてもいました。樹生さんのほうがずっとスマートな選手だった」


ああ、としみじみ感じた。

妻で、家族で、同じ家で毎日顔を合わせて暮らしていても、こんなに知らない。人はそんなに薄っぺらいものじゃない。どんなに一緒にいたって、その人の全部を知ることなんてできない。

じゃあ、夫婦ってなんだろう。

友達でもない。赤の他人でもない。血縁でもない。

私は久人さんの、なんだろう。


「やりたいようにやって、文句を言う奴は無視。そんな人だったんですよ。自分の意思は問題じゃないなんて、言う人ではなかった」


その言葉に、はっとした。

次原さんは頬杖姿のまま、どことも言えない場所を見つめている。