不安そう。

そんな言葉で、彼を考えたことはなかった。はっとした私に、次原さんが微笑む。


「桃子さんは、彼にとって特別な存在になり得るかもと聞きました」

「聞きました?」


誰から、と尋ねるまでもない、だってひとりしかいない。次原さんは当然のように「樹生さんです」とうなずいた。


「樹生さんとお知り合いですか!?」

「僕たち三人は、同じ大学の同じ部ですよ」


そうだったの!

私の驚きようが愉快らしく、次原さんが珍しく、声をたてて笑っている。


「正確に言うと、僕が入学した時点で樹生さんは卒一でしたので、同時に通ったことはないのですが」

「あの、部って、なんの…?」

「モーターサイクルです、もちろん」


ああ、そうか、モトクロス。久人さんがかつて打ち込んだものとあって、ある程度知っておこうと調べたんだけれど、転倒シーンを見ていられなくて、挫折した。


「僕はね、ライドよりこっちの担当で。実は高校時代から高塚さんのファンだったんですよ。足元見られるんで、本人にはあまり言ってませんけど」


"こっち"と彼が示したジェスチャーは、カメラを構える仕草だった。へえっ、次原さん、写真好きなんだ。


「そんなに有名だったんですか?」

「ですね。競技人口も多くないですし、トップクラスはジュニアからやっている選手がほとんどなので、名前も戦績も知られているんですよ」


へえ…。


「久人さんて、どんな選手だったんですか」


何気なく聞くと、次原さんが待ってましたとばかりににやっとする。