悲しい。悔しい。どうしたらいいのかわからなくて、気持ちは絶望に近い。


「どうしたんです、やっぱりなにか、つらいことでも…」

「桃!!」


えっ。

名前を呼ぶ声に、私は顔を上げた。相変わらず、人がたゆたう夜の街。その中でひとり、足を止めてこちらを睨みつけている。


「久人さん…」


私の顔を見て、久人さんは目を見開いた。数歩の距離を走って、すぐそばまでやって来る。肩で息をしている。


「泣いてるの、桃」

「あっ…、あの、これは」

「お前、誰」


えっ、とアドバイザーさんのうろたえた声がした。久人さんが彼の襟元を掴み、乱暴に引き寄せたのだ。私は慌てて、久人さんの腕にすがった。


「久人さん、違います」

「なにも違わないし。こいつといて、桃が泣いてる。それだけでしょ」


アドバイザーさんが、ようやく私たちの関係を理解したらしく「あっ」とほっとしたように言う。


「御園さんのご主人ですか? お世話になって…」

「確かに俺は桃の夫だけど、お前の世話なんかしてないよ」

「久人さん!」


あまりの言いざまに、思わずきつい声が出た。

彼に向かって、そんな声を出したことはないかもしれない。その証拠に、久人さんは驚愕の表情で私を見やり、動きを止めてしまった。

あっ、あの…。

どうとりつくろえばいいのかわからず、おろおろする私をじっと見つめ、やがて久人さんは、アドバイザーさんから手を離した。


「こいつをかばうの」

「そういうことではなくて…」


久人さんの顔がゆがむ。私はそれを、怒りの表情だと一瞬、思ったのだけれど、すぐに違うと気づいた。