どうしよう、つらい。

自分の存在の軽さが、じゃなくて。

久人さんとの間に、埋まらない、なにかの欠落があることが。

夫婦って、なんだっけ…。

そのとき、バッグの中で携帯が震えた。確認したら、ただの広告メールの通知だったのだけれど、ふとなにかが私にささやいた。

ごめんなさい、よくないとわかっているんですが。


「あの…、すみません、ちょっと外で、電話してきます」


携帯を握りしめ、バッグを持って、ふたりに断った。久人さんは「うん」とにこやかに承諾し、椅子を引いて私を通してくれた。

罪悪感にまみれながら、お店の外に出た。

外はむわっと人を包み込むような、湿り気を帯びた夏の夜だった。二十一時を回ったところだ。飲み場所を探す人々が漂っていて、私は無性にほっとした。

十分くらい、席に戻らなくても許されるだろう。私は少し頭を冷やそうと、石畳の道を、あてもなく歩き出した。


「御園さん?」


いくらも行かないうちに、すれ違った男性に呼び止められた。

私は振り返り、ほがらかな笑みを浮かべているスーツ姿の男性を少しの間見つめ、誰だか思い出した。


「あ!」

「お久しぶりです、新しい会社は、いかがですか」


転職活動のときにお世話になった、エージェントのキャリアアドバイザーさんだ。未経験で異業種を希望していた私を無謀だと笑うこともなく、ぴったりの募集先を探して、今の会社に入る後押しをしてくれた。

私は弾かれたように頭を下げた。


「その節はお世話になりました。おかげさまで充実しています」

「それはよかった」


さっぱりした顔が、にこっと笑う。体操のお兄さんみたいだな、とお世話になっていた間、思ったのを思い出した。