バカみたいに繰り返した。久人さんが離れる? どういうこと?

漏れてしまった、ということは、それは事実だということだ。そして、久人さんと次原さんの間では、握られていた情報だということだ。


「離れる、っていうのは…」


呆然と尋ね返す私に、次原さんのほうが驚きを見せた。


「お聞きになっていないんですね」

「はい」

「どうしてだろう、御園さんは真っ先に知っておくべき方だと思うのですが。高塚さんは今期限りでこの会社から手を引きます」

「今期限り、ですか」


ということは、あと二カ月ほどしか、ここにはいないのだ。


「あの、それは、なぜ…」

「もともと軌道に乗るまでの約束でしたから。今後はお父上の会社に入るはずです。大事な後継者ですからね」


お義父さまの…。

彼が社長を務めているのは、財閥解体後の高塚グループの中核をなす商社だ。

久人さんが、そこに入る。

そんな大事なことを、どうして私は、知らないんだろう。

次原さんは、久人さんが伝え忘れた程度に考えているらしく、「あの人も仕方ないですね」と息をついている。

だけど私の心中では、もっと激しいものが渦巻いていた。




「お帰りなさい」

「わっ、びっくりした」


鍵の開く音を聞きつけ、玄関で待ちかまえていた私に、帰宅した久人さんがぎょっとした。夜の一時すぎ。最近はいつもこのくらいだ。


「お疲れさまです、あの、お聞きしたいことが」

「うん?」


脱いだ靴にシューキーパーを入れながら、久人さんが振り向く。こういうのもやらせてほしいと同居初期に言ったのだけれど、革靴の手入れで男の格が云々と説明を受け、突っぱねられてしまった。