「うん、俺は養子だよ、父さんとも母さんとも、血のつながりはない」

「…そうなんですか」

「手続きをしたのは、十歳になるかならないかの頃かな」

「それまでは、久人さんは…?」

「施設にいたよ」


久人さんが、なにも気にしていないようなので、私は今をのがしたらもう聞く機会がない気がして、次々に聞いた。

本当のご両親は?

もういない。

どうして…。

事故で亡くなったらしいよ、桃と同じだね。

おぼえてますか?

おぼえてない。そこは桃と違うね。

久人さんは嫌がる様子もなく、快く全部に答えてくれる。

だからこそ、私の心はざわついた。


「私には、言いづらかったですか…?」

「え?」


手の中で、謄本の写しが折れる音がする。


「大事なことだと思うので、できたら入籍前に、お聞きしたかったです」


これで、ご両親との距離感の謎が解けた、なんて単純な話ではないと感じた。

あの違和感は、血縁がないことだけが理由じゃないと思う。

久人さんが、ぽかんと目を丸くした。


「なんで?」


ざわざわ。

彼と出会ってはじめて、こんなに不安になった。

硬い地面だったはずの足元が、さっと砂地に変わったような感覚。指の間から、砂粒が泳ぎ出ていく。

久人さんの顔には、疑問しか浮かんでいない。

過去を掘り返された苛立ちとか、食い下がる私への腹立ちとか、そんなものはいっさいない。

なぜ私が、もっとはやく教えてほしかったと言っているのか、わからない。

心の底から、そう思っている顔だった。