「ただいまー」


玄関から久人さんの声がした。予定より早い。

すぐにダイニングに顔を覗かせ、「いらっしゃい」と千晴さんに笑いかける。


「お邪魔してます、いいお住まいね」

「どうも。着替えたら僕も一杯おつきあいしていいですか」


久人さんが廊下へ消えると、「相変わらず感じのいい男ね」と舌打ちしながら褒めている。複雑な親心だ。




「あー、結局飲まされちゃった…」


千晴さんが帰った後、久人さんはリビングのソファで伸びていた。


「千晴さん、自分が強くないので、飲ませる技術が磨かれたんですよ」

「ほんとそれだよね、飲ませ上手…」


夕食前という半端な時間に飲んだので、お腹が空っぽで回りやすかったらしい。決して弱くない久人さんが、珍しく酔っぱらっている。


「名刺、書斎に置いてきますね」

「うん、ありがと」


どうやら千晴さんと久人さんには、共通の知り合いがいたらしい。ほかにもいないかと、名刺入れを引っ張り出してきて、ここにもいたとか、あの人今なにしてるのとか、盛り上がっていた。

千晴さんはああ見えて、バリバリの女社長なのだ。旦那さんが起こした事業を、亡くなったときに継ぎ、社員さんと二人三脚で盛り立てている。

書斎はかすかに煙草の匂いがした。

掃除にもよく入っている部屋だ。私はまっすぐデスクへ行き、PCのすぐ横のわかりやすい位置に名刺入れを置いた。

足元でカサッと音がして、三つ折りの書類が落ちているのが見えた。拾い上げて、それもデスクの上にのせる。戸籍謄本だった。

婚姻届けを出す際に、取り寄せたものの予備だろう。私も、念のためというよりは、物珍しさから、二通申請したっけ、と微笑ましくなったとき、記載事項に目が留まった。


「『養子縁組』…」


『縁組日』とあるのは、二十年前の日付だ。『養子の従前戸籍』には、都内の住所と、まったく知らない女性の姓名。

あれ…。