「なにかあったら真っ先に頼ってくれてたのに…」

「ごめんったら」


ダイニングで、よよと芝居がかった泣きまねをする千晴さんの肩を叩く。


「具合の悪い桃子なんて想像つかない。よほど気が張ってたのね」

「気が張ってたっていうか、張り切りすぎたっていうか…」

「家でも職場でもあの旦那様と一緒なんでしょ、大丈夫? ストレス溜まってない? 夜、疲れてるのに無理強いされてたりしない?」


私はブッと紅茶を噴き出した。

千晴さんは本気で心配しているようで、目を潤ませている。

大丈夫、毎晩ぐうぐう寝てるよ…と言ったら言ったで別の心配をされそうなので、黙っておくことにした。

その点、樹生さんは鋭かった。

久人さんが洗い物をしている間、一緒にお菓子をつまんでくれた彼は、私をじろじろ見て『まだ夫婦じゃないでしょ』と言ってのけたのだ。

そして、なにも答えられずに玉の汗をかく私に、優しく笑った。


『あいつがそこまで大事にするなんてね』

『いえっ、あの、私のほうが、その、無知すぎて、久人さんもお困りというか』

『困るもんか。かわいくて仕方ないんだと思うよ。さいわいこれまでの人生で、女の子なんか食い尽くしてるから、余裕もたっぷりあるしね』


食い尽くし…。


『桃子ちゃんも、どうかあいつを大事にしてやってね』


にこ、と微笑まれ、私は『はい、もちろん…』とうなずきかけた。それより先に、樹生さんがふと目を伏せて、続けた。


『久人の代わりに』


樹生さんは久人さんの、一歳上だ。昔から、仲のいいお兄さんのような存在だったのだと、久人さんから聞いた。


──久人の代わりに。


あれは、どういう意味だったんだろう。