『俺が手伝わないほうが、桃の評価が上がると思う』と言って、当日は手を貸さないと決めたのは久人さんだ。

その代わり、樹生さんが進行役をしながら、キッチンも気にかけてくれた。


「きっと後でお礼状が来るよ。なんて書いてあるか楽しみだね」


彼もそれなりの緊張から解放されたんだろう、機嫌よく、また顔を寄せてきたので、必死で肩を押し返した。


「い、樹生さんが…」

「じゃ、これで最後」


チュウ、と漫画みたいなおどけた音をさせて、久人さんは私の唇にキスをした。

お義父さんと最後に少しだけ開けていた、ウイスキーの味がする。

私は顔を火照らせ、目をぎゅっと閉じていた。


「おーい、片づけ、手伝ってくよ」


廊下から声がする。久人さんはようやく私の上からどき、「俺がやるよ、桃と遊んでてやって」と返事をした。

…いつもの久人さんだ。

私は髪を直しながら、ほっとしたような気持ちで彼の背中を見つめた。


* * *


「なるほどね。家族の形もいろいろだから、難しいわね」

「そうなの」


翌日の日曜日、久人さんが仕事で出かけている日中、千晴さんを家に招いた。

はじめて新居を訪れた彼女は、あちこちのドアや引き出しを開け尽くした後、『浮ついてないけど、幸せそうなのがわかるわ』と久人さんのご両親と同じようなことを、なぜかどこか悔しそうに言った。


「それより、熱を出してたなんて、知らなかったわよ」

「ごめん、知らせるタイミングがなくて…」


引っ越し祝いにと持ってきてくれた、私の大好きな茶葉でティータイムだ。昨日評判だったガトーショコラを再び焼いておいて正解だった。