「でも、楽しみにしてる時間も、十分楽しいってこと」


意味が伝わっているか確かめるように、私の顔を覗き込む。それから満足したのか、背もたれに身体を預け、握った私の手をもてあそんだ。


「そういう時間を持てるのは、桃だからでしょ」


ねえ、久人さん。どうしてそんなに優しくできるんです?

どうしてそんなに、私を甘やかせるんです?

これじゃ私、甘える先を千晴さんから久人さんに移しただけで、なんの成長もしていない。ひとりの人間として、自立するつもりもあって結婚したのに。


「なに、そのふてくされた顔」

「ふてくされてないです」

「じゃあ、なんでそんな、泣きそうなの」

「だって…」


だって、私…。

なんだか、頭が…。

あれ?


「桃?」

「ごめんなさい、ちょっと…」


身体が重い。腕は上がらず、だらんと椅子の上に垂れる。


「桃、どうしたの」


久人さんが席を立って、こちらに来る。

私は頭も持ち上がらなくなっていて、狭まっていく視界の中、駆け寄ってくる彼の、足先だけを見ていた。




「バカなの?」

「すみません…」


ピピッと体温計が鳴った。私が渡すより早く、久人さんの指がパジャマの中に滑り込んできて、脇から体温計をさらっていった。


「九度二分!」

「身体が痛いです…」

「あたり前だよ、さっきより上がってるんだから!」