「そうでしょうか…」

「とくに今週に入ってからひどい。週末にお引越しをされたんでしたね、心機一転のタイミングなのもわかりますが、慣れない暮らしに、仕事もこんな…」

「まーた桃をいじめてるの、次原」

「うわっ!」


いつの間にか部屋に入ってきていた久人さんが、音もなく次原さんの真横に現れ、耳に息を吹き込んだ。それから彼の腿をぱしっと叩く。


「いた!」

「新しいアシスタントの情報は共有した? 桃は一時的にだけど、俺の秘書に専念してもらう。そのことはまさか、もう聞いてるよね?」


そんな話は初耳で、私はなんとも答えられず、「…ええと」とごまかした。

次原さんが正直に、「まだです」と申告する。デスクの向こうに回り、上着を脱ぎながら、久人さんがじろっと彼をにらんだが、怯まない。


「失礼ながら、桃子さんがオーバーワー…」

「御園」

「御園さんが、オーバーワーク気味とお見受けしましたので、ご指摘を…って、あなただってさんざん社内で"桃"呼びしてるでしょ、なにを偉そうに!」

「俺は俺、お前はお前」


久人さんは聞く耳も持たず、PCを開く。その目がこちらを見た。


「でも桃、オーバーワークは次原の言う通りだよ。気をつけて」

「はい…」


小さくなった私に、言葉がきつすぎたと思ったのか、顔を曇らせる。


「桃が倒れたりしたら、俺が困るんだから」

「それはご心配なくです、健康な血筋なので」


ガッツポーズをつくってみせると、ふたりが微妙な表情で顔を見合わせた。




「オーバーワーク!」

「ひぇっ」


帰ってきた久人さんに、憧れの『ごはんにしますか、お風呂にしますか』をやったら、開口一番に怒られた。