『がんばらなくていいよ』


その言葉が胸の中で、暴れていた。


* * *


「御園さん、庶務業務のマニュアル化についてご相談が…」

「あっ、できてます」


私の返事に、次原さんがぽかんとした。


「僕、作成をお願いしましたっけ?」

「いずれ必要になるかと思って」

「拝見しても?」


続き部屋からファイルを取ってきて、差し出された手にのせる。

眼鏡の奥の目が、文書の隅から隅までをさっとなぞり、見開かれた。ファイルを私に返し、次原さんが微笑む。


「データをサーバに上げてください。今後もアップデートをお願いします」

「はい」

「なぜこんなお話をしたかと言いますと、アシスタントをひとり採用しまして…」

「引継ぎスケジュールを引いたんです、こちらで大丈夫ですか?」


渡した出力を、口を開けたまま次原さんがチェックする。


「…完璧です。が、採用の件て、僕、お伝えしました?」

「この部屋で、久人さんとそのお話をされていました。じきに私にも関係してくるお話かと思い、準備を…」

「桃子さん」


次原さんが、きりっとした姿勢を少し崩し、久人さんのデスクに寄り掛かった。


「有能なのはありがたいですが、はりきりすぎじゃないですか?」


叱られた。彼が苗字でなく、こんなふうに私を呼ぶのは、久人さんの妻として扱うときだ。