ひーっ、と頭の中で悲鳴をあげた。

千晴さん、大変!

この人、お嫁さんなんか全然いらない!




「うん、いらないよ、そういう意味では」


打ちのめされていた私に、久人さんはあっけらかんと追い打ちをかけた。

お風呂でそれぞれ引っ越しの埃を落とし、ベッドに入ったところだ。

クイーンサイズのベッドに、新品のシーツと布団。長身の久人さんには、コーディネーターさんからキングサイズの提案もあった。けれど彼は大きすぎると感じたらしく、『これじゃ、ふたりで寝る意味なくない?』とお気に召さなかった。


「だからこれまで、結婚しなかったんだよ」

「そ、そうですか…」


片手を頭の下に敷き、久人さんは身体をこちらに向けている。

"一緒に寝る練習"はこれまでに、五回ほど実施された。今では私も、すんなり彼の隣に身を横たえることができる。

私がそうすると、彼は必ず、片腕をかけて引き寄せてくれる。

どうしようもなくドキドキして、安心して、うれしくなる瞬間だ。


「だけどべつに、俺の身の回りの世話をするために結婚したわけじゃないでしょ? 気にしなくていいじゃない」

「でも久人さん、片づけも掃除もきっちりされますし、どれかひとつくらいは、私がやらないとだめっていうものがあったほうが気が楽で…」

「できるけど、好きではないから、そんなに言うなら俺、全部やめたっていいよ」

「それは困…うーん? …いえ、うーん…」


けっこういいかも、と真剣に悩む私の頭を、「冗談だよ」と久人さんがくしゃくしゃかき回す。

結局あれから四十分ほどかけて完成させた三品の拙い料理を、『おいしい、全部好き』とぺろっと食べてくれた。


「仕事もあるんだから、そんなにがんばらなくていいよ。明日も秘書業務、よろしくね」


私の頭にキスをして、久人さんはライトを消した。

彼がすぐに眠りに落ちたのを、腕の中でひとり、感じた。