久人さんは驚愕を顔に張り付けたまま黙ってしまった。

私は逆に、ここまで驚かれるとも思っていなかったので、彼の周りの女の人っていったいどんな人たちだったんだろう、と疑問が湧いた。

しん、と執務室に沈黙が落ちる。

コチ、コチ、と壁の時計が秒を刻む。

久人さんのスーツの衣擦れの音がした。整った身体をしている人は、立てる衣擦れの音まで爽やかで心地いい。いつも私がそう感じている音。

ふと指先が温かくなった。

床に置いていた私の手に、久人さんが手を重ねたのだ。ううん、手じゃなくて、指だ。指だけを重ねて、握るわけでもなく、絡めるわけでもなく。

微笑みが近づいてきた。思わず目をつぶった瞬間、柔らかな感触がぶつかったのは、額だった。からかうような軽い音と一緒に離れていく。あの音って、どうやって出すんだろう。

楽しげな瞳が、優しく笑っている。


「そういうの、早く言ってもらわないと困るよ」

「ごめんなさい…」

「そんなんで、いきなり一緒に暮らしてたら、どうなってたと思うの」

「だって、言うタイミングがなくて」

「寝室ひとつなんだよ、どうするつもりだったの?」


だって…。

我ながら情けない顔をする私に、久人さんがため息をついた。


「これ、亭主命令ね」

「え?」

「今日はうちにおいで」


え…。

いつの間にか指先は、彼の手に取られて、もてあそばれている。


「一緒に寝る練習、するよ」


命令と言うには優しい、だけど絶対に引く気のない様子で。

彼はそう言って、にこっと笑った。