ぽかんと佇んでそれを見送った。

"キャリア"というのは、人材を専門にしている関連会社だ。今日の久人さんの日程に、そこに行く予定はなかったはず。先程の相談を受け、なにかひらめいたんだろう。

こんな目まぐるしい生活をしていたのか。

ただ忙しいだけじゃなく、流動的すぎて、フォーマットが見当たらない感じ。

これは、気を引き締めてかからないと、置いていかれるぞ。

そんな危機感に、身を洗われるような思いで、私は駅に入った。




「というわけで気持ちはね、緊褌一番!」

「緊褌ってふんどしを締めるってことよ。女の子がそんな言葉、堂々と人前で使わないでちょうだい」


意気揚々と宣言した私に、千晴さんがげんなりした顔で釘を刺した。私は彼女が見守る中、フライパンの中身の味見をし、塩コショウをした。


「四字熟語なんだから、いいでしょ」

「まあね、あ、もうそのくらいでいいわよ、火止めて」


できた。夏野菜とチキンの煮込み。

ズッキーニ、パプリカ、トマト。食欲をそそる色合いにシンプルな味付け。きっと久人さんも好きだろう。知らないけど、たぶん。


「うん、おいしい」

「ほんと?」

「桃子は謙虚だから、やればどんどんうまくなるよ。料理のできない人は、たいてい性格が謙虚じゃないのよね。できないくせに、レシピや定石を軽視するの」

「頑張る」


学生時代は祖父母と暮らし、一人暮らしをしてからは千晴さんがあれこれ面倒を見てくれていた私は、料理がそんなに得意じゃない。

結婚が決まったとき、教室に通おうかとも思った。だけど近くにせっかく家事万能の千晴さんという先生がいるのだから、彼女に教わることにした。


「まあ、新しい職場も楽しんでいるみたいで、よかった。お母さんたちにも無事だって伝えておくわ」

「引っ越ししたら招待するね。ディナーのできるテーブルウェアのセットを注文してあるの。使うの楽しみ」

「あんたはそれよりも、夫婦業を頑張んなさい」


早くもビールグラスを空けている千晴さんに言われ、夫婦業ってなんだろう、と思いながらも、私は「はい」と素直に返事をした。