私は、あの、と口ごもって、両手で提げたバッグの柄をいじった。


「実は、最初から経営コンサルティング系の会社を探していたんです。その、せっかく転職するなら、久人さんの専門分野と近いところで働いたら、どんなお仕事をされているのかとか、ご苦労とかも、少しはわかるかと思って」


結果、近いところに行きすぎてこうなったわけなんだけれども。

そもそもの発想も、いかにも業界を知らない小娘の浅知恵という気がして、恥ずかしさに顔が赤くなった。

うつむいた私に、ため息が降った。


「桃は、バカだねえ」

「すみません、すぐ次原さんに事情をご説明して、契約を…」


続きが出てこなくなってしまった。温かな手が、頭に載せられたからだ。

おずおずと上げた視線の先には、ちょっと困っているような、優しい笑顔。

ぽんぽん、と何度か私の頭を叩くと、久人さんはデスクの向こうに戻り、卓上からペンを拾い上げ、それで部屋の隅を指した。


「そこの続き部屋が秘書のスペース。PCはセットアップしてあるから、すぐに中身を確認して、社内のアカウントを作って」

「え、は、はい」

「俺がここに出社するのは原則月、水、金。会社の始業は9時半。俺は8時には自分の仕事を始めたい。桃の出社時刻に規則はないけど、俺が出社したらすぐに仕事に取り掛かれるようにしておいてほしい」

「…はい」

「基本的には、ここにいるとき以外、俺は桃を秘書として使わない約束になってる。でも必ずそれを守れるとも限らない。例外的なアポなんかもあるからね。そのときは臨機応変に動いて。困ったら次原にすぐ相談して」

「はい」


片手をポケットに入れ、窓を背にして立った久人さんが、にやっと笑んだ。


「俺は忙しいよ。きっと桃がこれまで感じてた以上に。全力で助けてね」


高揚に、自然と背筋が伸びて、私はバッグの柄を握りしめた。


「はい!」


こうして私は、一緒に暮らすより先に、久人さんと働くことになったのだった。