生命保険会社の名前がついたビルの、オフィスフロアのひとつに新しい勤め先である会社が入っている。

ドキドキしながらエレベーターを降り、正面のガラス戸に会社ロゴが書いてあるのを確認してから中に入った。


「御園さん、お待ちしてました」

「あっ、おはようございます。どうぞよろしくお願いいたします」


無人の受付で、内線表を見て人事担当の方に電話しようとしたところ、かけるより先に本人がやってきた。

次原(つぐはら)さんという、少し上の世代の男性だ。身綺麗でシュッとしたスタイルに人懐こい笑顔が印象的。


「ちょうどアドバイザーが出社されたところです。このままご挨拶に行っちゃいましょうか」

「えっ、は、はい」


アドバイザーというのは、私が隔日で秘書を務めることになっている相手だ。ほかの日は庶務業務を行う。

近代的なデザインの商談ブースを、オフィスのありそうなほうとは逆に廊下を入ると、がらりと雰囲気が変わって、木の壁材の、いかにも重役スペースという空間に入る。

奥の左手のドアを次原さんがノックし、開けた。


「新しい秘書さんがいらっしゃいましたよ」


彼の後ろについて、部屋に入る。予想したほどだだっ広くなく、使い勝手のよさそうな小振りの応接セットが置かれた、シンプルな役員室だった。

一面ガラス張りの窓を背にデスクに向かっていた男性が、ふと脇のコーヒーカップに手を伸ばしながら顔を上げる。

そして私と目が合った瞬間、盛大に中身を吹き出した。

私も「ひぇっ!?」と変な声が出た。


久人さんだった。