ことさら日本文化に傾倒しているわけではない私でも、幼い頃から和服に触れる機会は多く、その匂い立つような美は、ドレスなどのきらびやかさとはまた違い、独特に心に響くと感じてきた。

要するに、和装が様になる人はかっこいい。

袂や裾のさばきや歩き方から、久人さんも着慣れているのがわかる。スーツ姿も人目を引くけれど、袴姿はもう、いるだけで空気が変わるほど。

財界に名を馳せる高塚の子息なのだと、彼自身に刻印されているみたいだった。

眠たくなるほど厳かに結納品の交換が行われ、記念品の交換となった。久人さんのお父さまが、私のところに、片木に載せた記念品を持ってきてくださる。


「どうぞ、よろしくお願い申し上げます」


にこりと微笑む、テレビや新聞でも拝見することの多い男性。すてきだけれど、久人さんにはあまり似ていないなと初めてお会いしたときにも思った。


「久人」


小さな箱を私が受け取ると、お父さまが久人さんを振り返った。ちょっとぼんやりしていたらしい彼は、一瞬きょとんとした顔をして、用向きを察したらしく、一礼して立ち上がった。

お父さまと入れ替わりに私の前にひざをつき、箱から指輪を出した。私の目を覗き込んで、いたずらっぽく微笑む。

左手の薬指に通してくれた指輪は、プラチナに小粒のダイヤが並んで埋まった、普段つけていても邪魔にならないデザイン。そしてS字の美しいカーブは、三か月後にもらうマリッジリングとぴったり重なる予定。

一緒に選び、オーダーをしたけれど、できあがったものを見るのは初めてだ。


「きれいです。嬉しい。ずっとつけます」


祖父母にお披露目するのも忘れ、左手を目の前にかざして浮き浮きと言った私に、久人さんは嬉しそうに「似合うよ」と笑う。


「あとその振袖も。古典的な柄ですごくいい。かわいい」

「母のなんです」

「じゃあ、大事にとっておいて、次の代に受け継がなきゃね」


今日初めて会話した私たちは、つい場を忘れておしゃべりしてしまい、「儀式が終わるまでよけいなことをしゃべらないように」と双方の家族から怒られた。

いよいよ式も終わるというとき、袴と袂をさっと整え、久人さんが口を開いた。


「本日は、このような場を設けていただき、ありがとうございます」


決して張っていないのに、よく通る声。その声が、まだ続きがありそうな感じで止まり、みんながあれっという顔をした。