「我慢できなくなるくらいには、人間できてないんだよ」


ぽかんとした私を、いたずらっぽい笑みが見下ろす。

その顔を含め、視界がみるみる歪んできて、私は彼の肩に顔を押しつけた。


「なんで泣くのさ」


久人さんが楽しそうに言って、私の頭を抱きしめてくれる。

うれしいからですよ。

好きって言ってくれたのもうれしいですが、それ以上に。

そう言えるくらい、自分自身を信じてくれたのがうれしい。

誰かを好きになっていいんだと、それを表していいんだと、自信を持ってくれたのがうれしい。もしかしてその自信の根っこに、私の久人さんへの想いが少しでも影響しているのなら、さらにうれしい。


「泣かないでよ、桃。笑って」


胸に抱いた私の頭を、優しい手がなでる。


「じつは笑ってます」

「ほんとだ」


私は泣き笑いの顔を見せ、噴き出された。

頬の涙を手のひらでごしごし拭い、久人さんは私にキスをする。


「好きだよ」

「私もです」

「俺たち、これから楽しいねえ」


さっきまでの不機嫌はどこへやら、私の髪に指を通しながら、にこにこしている。


「好きな子と一緒に暮らせて、しかももう奥さんとか、最高じゃない?」

「最高だと思います」

「たまにはけんかもしようね」

「火種になるようなこと、あるでしょうか?」


さすがにこれだけ年上の久人さんと、ケンカというのは想像しがたい。眉をひそめた私に対し、久人さんは「無理にでもするんだよ」と言い張る。


「けんかしない間柄なんて、本気じゃないよ」

「先にお義父さまたちとなさってください」

「あ、そうか、うーん…」