「あの、久人さんもご一緒できます?」

「ん? 行くよ、そりゃ。桃のドレス、選びたいもん」

「でも、忙しいのに…」

「またそれ?」


ひとり掛けのソファのアームレストに肘を置いて、久人さんが呆れの息をついた。


「俺が忙しいのは、やりたいことをひとつも我慢しないからだよ。行きたいとこに行けなくて、代わりにちょっと暇ができたところで、それがなんなの」


腕がこちらに伸ばされる。長い指が、私の頭をくしゃくしゃとなでた。


「どうせ桃なんか、ひとりで行ったところで最後の二着あたりで絞りきれなくて俺に電話するはめになるよ」

「お言葉ですが、私こう見えて、そう優柔不断でもないですからね」

「見えてる自覚はあるんだ」


意地悪く目を細め、愉快そうに笑う。

式も披露宴も家の慣習的に和装なのはわかっていたのだけれど、私はどうしても、ウェディングドレスというものを着てみたかった。

あるときプランナーさんとの打ち合わせ中に、ぽろっとそんな願望を口にしたら、久人さんは驚き、『早く言いなよ。じゃあ着よう』と言ってくれたのだった。


『でも、どのタイミングで…』

『写真だけ撮るとか。いくらでもやり方あるよ、ですよね?』

『ええ、そのお写真を披露宴会場の入り口に飾るのはいかがですか?』


子供じみた夢は、笑われることはなかった。

写真だけと言ったって、選んだり試着したりと、一日で済むわけがないことくらい、知っているだろうに。平日には到底会う時間を確保できないほど、毎日忙しいのに。

結婚すると決めてから、新居を探したり結納や式の準備をしたり、顔合わせの段取りを考えたり、それなりにすることが多くて慌ただしい。

久人さんはめんどくさそうな顔ひとつせず、そのすべてに時間を割いてくれて、そして私に希望があれば『やったらいいじゃん』と言う。

それは『好きにすれば?』という放任にも似た寛容さではなく、『やりたいことがあるなら一緒にやろうよ』なのだとじきにわかった。

そのくらいで"優しい人"と考えるほど私も単純ではないけれど。

一生に一度のイベントだと思って、気前がよくなっているだけかもしれないし。