ふたりはちょっとの間、無言で見合い、すぐに樹生さんが顔をしかめた。
「お前、わざと出ていくふりしたな」
久人さんは悪びれずに「うん」とうなずき、室内に入ってくる。
「だって、なんか怪しかったからさ」
「全部聞いてたか」
「聞いてた。次原は先に行かせたから、聞いてないけど」
はーっと樹生さんが深々息をつき、顔を覆った。
「俺を出し抜くなんて…いつからそんな子になっちゃったんだよー」
「樹生こそ、いつになく俺の心配してくれるね。どうしたの?」
「お前がいよいよ危なっかしいからだよ、決まってんだろ!」
くすくす笑いながら、久人さんは樹生さんのそばを通りすぎ、自分のデスクに浅く腰をかけた。デスクの背後の大きな窓から、昼の光が彼を照らす。
「俺は大丈夫だよ」
樹生さんの顔が、わずかに曇ったのがわかった。
大丈夫、なんて。簡単に片づけてしまわないでください、久人さん。かえって怖い。抱えきれずに爆発していた、昨日の久人さんのほうが、よっぽど人間らしいです。
「大丈夫なわけないだろ」
「でも、現に大丈夫なんだよ、こうして職場にも来て、仕事もしてる」
手振りで、執務室の中をさっと示す久人さんに、樹生さんの眉間のしわは、ますます深まる。
「あのな、久人」
「父さんたち、よほど嬉しかったんだろうなあ。昨日の今日で、もう現地か」
私も樹生さんも、言葉を失った。
久人さんは、足首を軽く交差させて、くつろいだ様子で、口元は微笑んでいる。その口調には、自己卑下も自虐の色もない。