『あ、桃子ちゃん! 久人、帰ってる?』

「えっ」


彼らしくもなく、慌てた声だ。

私は"帰っている"というのが、どの時点のことを言っているのかわからず、「仕事からは戻りました」と答えた。「そう」と息をついたのが聞こえる。


『それならよかった。様子、変じゃない? 何度電話しても出なくてさ』


えっ…、どういうこと。

私はローテーブルにグラスを置き、携帯を右手に持ち替えた。


「なにかあったんですか」

『あった。だけどできたら、久人の口から聞いてほしい』

「実は、帰ってらしたんですが、すぐにまた出ていってしまったんです。あきらかに様子がおかしくて、泥酔してました」

『あいつが泥酔!?』


樹生さんですら驚くほどの出来事らしい。そりゃそうだろう、お酒に強い久人さんが、いったいどれだけ飲めばあそこまで酔えるのか。


「なにがあったか教えていただけませんか。もしくは、久人さんが行きそうな場所に、心当たりはありませんか…?」


言いながら、急に不安になって、声が揺れた。

樹生さんのところに行ったのかもしれないと思っていたのだ。だけどそうじゃないとわかった。

Tシャツの胸のあたりを、ぎゅっと握る。心臓が鳴っていた。


『伯父さんたちの、本当の子供が見つかったんだよ』


だけど樹生さんなら、行き先の見当がつくかもしれない。彼にも心当たりがないのなら、それはそれであきらめも…。

え?

携帯に耳を澄ました。なにも音がしない。私の反応を待っている。

ということは、さっきのはやっぱり、樹生さんの発した言葉だったのだ。

え、なんて言った?

本当の…?