追いかけなきゃ。

座り込んだまま、そう考えた。だけど立てなかった。

そもそも、どこを探しに行けばいいのかもわからない。久人さんがこういうとき、誰を頼り、どんな場所で過ごしたがるのか、見当もつかない。

私は、彼についてまったく知らない。

あらためて、そう気づかされた。

ふいに振動音が廊下に鳴り響き、びくっとした。少し離れたところで、私の携帯が震えている。ポケットに入れておいたのが、いつの間にか落ちたんだ。

千晴さんからの着信だった。

震える指で、通話ボタンを押した。


「はい…」

『桃子? 遅くにごめんね。近くまで来たから、お菓子買ってきたの。ちょっと顔見せてよ』

「あの、うん、えっと…」


私は焦って、あたりを見回した。とくにおかしなところはない。あるとすれば私自身くらいだ。


「ちょっと待ってもらっていい? 今…」

『あ、玄関先で失礼するから、お構いなくよ。ていうかちょうど下が開いてたから、実はもうお宅の前に着くところ』


えっ。

ピンポーン、とインターホンが鳴った。ドアのすぐ向こうに、千晴さんがいる。まずい、と慌てている間にもう一度鳴り、控えめなノックが続いた。


「こんばんはー」


とっさに髪と服を整える。久人さんが私のパンプスを蹴飛ばしていったことを見落としていたことに気づき、慌てて手を伸ばした。


「あの、千晴さん! ごめんね、今」

「あら、そこにいるの? あれっ、開いてる…」


玄関のたたきを挟んで、私たちは顔を合わせた。千晴さんは、久しぶりに私に会ったことで、ぱっと笑顔になり、直後にさっと顔をこわばらせた。