言った後で、壷井さんがどんな顔をしているか気になって、そっと振り返ってみる。
壷井さんは、もうそこにはいなかった。
いつも俺が振り返ると、自分の席でおとなしく座っていた壷井さん。
壷井さんがそこにいないだけで、がらんとしていつもとまったく違う景色に見える。
俺は壷井さんのことなんて、少し前までまったく意識していなかった。なのにいつのまにか、振り返るといつも壷井さんがそこにいることが当たり前になっていた。
「なあ、壷井さんどこ行ったか知らねえ?」
ずっと後ろ向きで座ってた中岡に聞いてみる。
「え、壷井さん?」
なんで?と聞きたそうな中岡のきょとんとした顔。
「いただろ?さっきまでそこに」
「知らねえよ。俺が見てるわけないだろー壷井さんとか」
怪訝な顔でカツサンドをムハムハとかじり続ける中岡に妙に苛立って、思わず立ち上がる。
「見とけよアホッ」
「は?意味不明。慶太どうかしたのかよー」
中岡の声を背中で聞きながら走り出す。中身はほとんど空っぽの通学バッグが邪魔だ。
教室を飛び出したとき、七瀬さんがこっちを見たのがわかった。たぶん、また一緒に帰ろうとか言うつもりだったんだろう。
教室を飛び出して、でもどこに行けばいいのかわからなくて廊下をきょろきょろと見回しながら走る。
ふと廊下の窓から顔を出すと、渡り廊下から中庭に向かうところに壷井さんの姿があった。


