「後をつけられてる相手って、誰?」

俺がたずねると、七瀬さんはキョロキョロとあたりを見回した。

「よかった。今日はいないみたい。あのね、違うクラスの男子なんだけど、すごい気持ち悪いんだよね。一度も話したことだってないんだよ。なんか暗い感じだし、なんていうか…」

七瀬さんは嫌いな食べ物の話でもするように、心の底から嫌そうな顔で続けた。

「なんていうか、何?」

「いかにも陰気で、オタクっぽいの。ほら、爬虫類とか魚とかさ、飼ってそうな感じ」

七瀬さんはそう言って、「気持ち悪いでしょー?」と、俺に同意を求めるような顔をして見せた。

俺は何も答えなかった。
それと同時に、なんだかとても残念な気持ちになった。

何かを「気持ち悪い」と言う七瀬さんは、いつもの可愛い七瀬さんではなかった。

誰にでも笑顔で接する優しい七瀬さん。という、俺の中の勝手なナンバーワン像が崩れ落ちた瞬間だった。

「ありがとう。ここまでで大丈夫」

学校近くのバス停まで来ると、七瀬さんは笑顔でいった。

「明日も、お願いしてもいい?」

断られる恐怖なんてひとかけらも感じさせないその整った顔で、七瀬さんは首を傾げて見せた。

「ごめん。今日だけで勘弁」

俺の返事に「えっ」と目を見開く七瀬さん。

「俺も飼ってるんだよね、魚」

七瀬さんの少し崩れた表情に背中を向けて、バイト先の方向に歩き出す。

ほんの少し残念な気持ちと、もったいなかったかなという気持ちがまだ胸の奥に残っていた。