喋るほかには仕事がない俺は、意見を出すだけ出したらあとは壷井さんの打つ文章を目で追いかけるだけになる。だけどあんまり近づいたら壷井さんに嫌がられそうなので、椅子にもたれて少し離れて、画面と壷井さんの後ろ姿を眺めることにした。

指定の紺のブレザーを、きちんと着ている壷井さん。
ブレザーを着ないで大きめのカーディガンを着たりとか、スカートを短く折ったりしない壷井さんは、みんなと同じ制服を着てるのに、誰よりもちゃんとして見える。

しわひとつない紺のブレザーの背中、よく見るときらっと光る短い糸みたいなものがくっついていた。
思わず手を伸ばしてそれを取る。

「えっ何?」

びっくりした壷井さんが振り返る。俺の指先には光って見えた茶色の細い毛が一本。

「あ、ごめん。毛、ついてたから」

「え、あ、そう」

だけど壷井さんは黒い、ストレートの長い髪だ。俺の指先にあるのはきらきらの茶色の毛。

「もしかして壷井さん、犬か猫、飼ってる?」

俺は指先の毛を壷井さんに見せながらきいてみる。

「あ、犬」

壷井さんは戸惑いながら答える。いきなり背中を触られたと思ってびっくりしたんだろう。

「そうなんだ。壷井さんはなんとなく猫かなって思ったけど」

「まだ子犬なの。見る?」

見る?って言いながら既にブレザーのポケットからスマホを取り出している壷井さん。いつもの感じと違ってちょっと嬉しそうにニコニコしている。取り出したスマホはケースにも入っておらず何も飾りのないシンプルなものだった。まるで男みたいだと思う俺。
覗き込むと、画面いっぱいに撮影された茶色い子犬。
丸っこくて、まるで笑ってるみたいに口を開けたかわいい犬の写真だった。